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はなもあらしも ~垂司編~

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「や、二人ともおはよう」

 黙って立ち去るわけにもいかなくなった垂司は、いつも通りに飄々と挨拶を送った。

「お、はようございます」

 道真と話していた時の元気はどこへやら、そう返したともえの声は消え入りそうなほど小さかった。そのともえの様子をじっと見ていた道真が、垂司に露骨な敵意を向けた。

 ――――なんだお前、その女に惚れてるのか?

 そう煽ってやりたい衝動に駆られる。
 蔑んだ様な目を向けた垂司に、道真もそうだ悪いかと言わんばかりの炎を宿した目で垂司を睨む。

 ――――だったらしっかり守ってやれ。

 喉まで出かかった言葉を、垂司はぐっと飲み込んだ。
 そんな垂司に挑むような視線のまま道真が鋭い声を発する。

「朝帰りとは良い身分だな」
「そうだろう? 良い身分なんだよ、私は」
「っち。何の用だ? さっさと行けよ」

 ――――何を怯えているんだ? 道真。
 俺はもう弓だって握らないし、家だって跡を取らない。ともえの婿候補からは真っ先に外されて当然の存在、そうだろう? 

「そのつもりだよ。それじゃ、練習頑張ってね」

 垂司はそう告げると、身を翻した。

「ま……待ってくださいっ」

 その背中にともえのか細い声がかかる。
 振り向くな、振り向かずに、このまま立ち去れ――頭の奥で警鐘が鳴る。しかし心がそれに抗う。二十五にもなって自分の心すら御せない自分に垂司は唇を僅かに噛みしめた。

「垂司さんっ」

 どうかしてる――――戸惑いを胸に秘めたまま、垂司は振り返った。

「垂司さん、私……」

 ともえの目が矢のように垂司の心に突き刺さる。
 垂司が口を開こうとしたその瞬間――――

「ともえ、練習に戻るぞ。お前もしっかりその腕鍛えろよ。怠けるんじゃねぇぞ」
「あ、うん……ごめんね、道真君」

 道真が横から二人の視線を遮断するかのように言葉を浴びせた。
 だが内心で垂司は道真に感謝すらした。あのまま口を開いていたら自分が何を口走ったか分かったものじゃない。いや、分かりすぎる程に分かっていると言った方が正しいか。

「それじゃあ、失礼」

 そう言うと、今度こそ垂司は身を翻した。