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はなもあらしも ~垂司編~

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「垂……司……さ……」

 驚きのあまり言葉がうまく出てこないともえを、垂司はなおも力強く抱きしめた。

「良かった……。本当に……」

 突然の事に身を固くしたともえだったが、垂司の熱っぽい声が耳たぶをくすぐると、体から自然に力が抜けて、垂司の背へと自分も手を回そうとした。が、その時


『垂司さんがお前に言うような事は当然美琴にも橘にも言ってるんだからな』


 数日前の美弦の言葉が鮮明に記憶から掘り起こされる。

 そうだ……こんな事は……きっと―――

 抜いたはずの力を今度は両の手に全て込めて、ともえは垂司の体を押しのけた。

「あ、すまない……」

 申し訳なさそうな顔をした垂司から視線をそらし、ともえは意を決して言葉を紡ぐ。

「……美琴ちゃんにもこんなことしてるんですか?」
「ともえちゃん?」
「私だけじゃなくて、みんなに……」
「ともえちゃん、何を?」
「橘さんにだって同じことするんでしょう!?」

 荒っぽい口調でそう言ったともえの瞳には涙が浮かび上がっていた。
 潤んだ瞳に映った垂司は、とても悲しげな表情を浮かべている。

「……ごめんなさい」

 何を自分は言ってしまったんだろう。ともえは深く自省した。
 なんでこんな事をしてしまったんだ。垂司は激しく後悔した。

 なんで。どうして。
 目をそらし合った二人は思う――――こんなつもりじゃなかったのに。

「いや、すまなかったね。なにかあったらいつでも家の者に言うように。それじゃ……おやすみ」

 そう言い残して、垂司はともえの元を去った。

 ともえのように真っ直ぐな人間には自分のような人間は似つかわしくない。
 自分のような田舎娘が垂司さんの隣に立てる特別な存在になれるはずもない。


 月の綺麗な夜――――二人の思いは奇妙に交錯しはじめた。