はなもあらしも ~颯太編~
* * *
「なあ」
「え? どうしたの颯太君」
隣りを歩く颯太が、突然ともえの前に顔を出して来た。驚いて顔を後ろへ下げ、目を丸くさせながら颯太と目を合わせる。
「お前今からオレの事君付けで呼ぶの禁止な」
「へ?」
「だってオレはお前の事ともえって呼んでんのに、年上のお前がオレの事颯太君ってのおかしいだろ? それになんか他人行儀な感じがして、君ってあんま好きじゃねえんだよな」
ふいっとともえの前から顔をどかして大げさに両腕を頭の後ろへやると、颯太は空を見上げた。
颯太は明るく人懐っこい性格のため、どこへ行っても人の中心にいる。賑やかなのが好きなのだ。
「あ、分かった。じゃあ、颯太って呼ぶね」
「おう、その方がこれから試合までの修行も二人で頑張るぜって感じがするし、楽しいだろ?」
「うん。そうだね! あ、そう言えば颯太は笠原道場って行った事ある?」
お互いにっこりと笑い合った所でともえが尋ねる。颯太は一瞬で顔をしかめて苦々しそうに吐き捨てた。
「あるぜ、オレがガキの頃は今より行き来が多かったし、流派は違うけど交流試合なんかもやってたぜ」
「そうなんだ……なんか颯太嫌そうだけど、笠原道場苦手なの?」
ともえの質問に颯太は益々顔をしかめる。
「苦手なんてレベルじゃねえよ。あそこの連中ときたらどいつもこいつも厭味な奴らばっかりでさ! 笠原限流師範なんて鬼瓦みてーなツラしてるし、実際こえーのなんのって!」
「え!? そんなに怖いの?」
自分の指を使って頭に鬼の角を作ると、颯太は顔を引きつらせるともえに向かって今度は笑った。
「あはは! そんな怖がんなって。まあ、確かに厳しいけど、悪い人じゃないと思うぜ? そんな極悪人だったら門下生なんか集まんねえだろうし。まあ、幸之助おじさんとは意見が合わねーとかだけど、弓道が好きなおっさんだよ……お、ほら。笠原道場が見えて来たぞ」
明るくそう言ってともえの緊張を解いた颯太の指は頭から前方へと移動していて、その指の先には日輪道場と同じ位大きくて立派な門が見えていた。
「わあ、大きな道場」
「まあな。いいかともえ!」
「はいっ!」
門の前に到着し、颯太が真剣な顔でともえを見据える。
「さっき言ってた厭味な奴らばっかりってのはマジだからな。オレがぶち切れそうになったら、何があっても止めろ」
「な……何があっても?」
「そうだ、本気でムカつくんだよ。ここの連中。真弓兄がいなかったら、絶対二、三人ぶっ飛ばしてるもんなあ」
さらりと恐ろしい事を言う颯太に、ともえはごくりと唾を呑み込む。
「ここの人達より、颯太が一番怖いんだけど―――」
「まあ、オレもいつまでもガキじゃねえしな、今日は日輪道場の代表として挨拶に来てんだ。大人な対応を心がけるけどよ」
「どうか、大人な対応でよろしくお願いします」
「ま、飛び出す前に止めてくれよ」
と、そこで颯太が重そうな門を叩いた。
しばらくするとゆっくりと門が開き、顔を覗かせた青年にともえはすかさず会釈した。
「こ、こんにちは! 日輪道場から参りました」
「よお、久しぶり。限流師範に挨拶に来たぜ」
ジロリとともえと颯太を睨むと、青年が口を開いた。
作品名:はなもあらしも ~颯太編~ 作家名:有馬音文