天界での展開(2)
「まあ、そう理解して貰っても構わない。そりゃぁ、ケチも付けたくなるだろ? あんた、考えてもみなよ、その身体と小さな子供では、最初から勝負の行方など決まってるだろ? 勝つと分かり切った勝負で勝ったとしてもだな、だ~れも褒めたり喝采などしない。まあ、あんたが、あんたの何倍も大きい悪人を相手にして打ちのめしたというのなら、恐れ入っても良いけどな。今、あんたが遣ってることは、只のイジメだ。」
「イジメと言われようと、それが、わしの仕事じゃから。」
「だから、少し考えてみなよ。良いかい? これから俺の言うことを、目を閉じて想像しながら聞いてみろよ。今、あんたは賽の河原に居る・・そして、幼くして亡くなった子供たちが、その河原で遊んでいる。子ども達は、最初は哀しかっただろう。何故って、右も左も分からないうちに死んでしまって、気付けば賽の河原に居るんだからな。暫く呆然と立ち尽くす子ども・・やがて、その子供は、微かな声を耳にする・・少しだけ正気に戻った目で見れば、河原に居るのは自分一人だけじゃない・・同じ年頃の子ども達が、其処に在る石を積みながら楽しそうだ・・『ぼくも仲間に入れて・・』とか言いながら、その子も石を積み始める。その河原には、子どもの他に河原を管理する鬼、つまり、あんたが居る。ちょいと見た感じは怖そうだが、その鬼は四六時中居眠りをして、たま~~に目覚めた時は、燥ぐ子供たちを顔に似合わぬ優しい眼差しで見る・・最初はその顔を怖がっていた子供たちも、徐々にその顔にも慣れて来る・・子ども達ってのは総じて飽きっぽいものだ。だから、単純な石積みだけでは飽き足らず、他に恰好の遊び道具は無いかと探し始める。さあ、いよいよあんたに陽の目が当たり始めるぞ。何しろ、キョロキョロする子供たちの目に最初に映るのは、何といっても圧倒的存在感のあるあんただ。子ども達は、怖い顔のあんたにちょっかいを出し始める。最初は、恐る恐る近付いて・・あんたが目覚めると『わ~~』とか叫びながら逃げる。そんなことを繰り返すうちに、一人の子どもがあんたの腕や足に乗って遊び始める。あんたに取っては、子どもの一人や二人、上に乗って騒いだところで痛くも痒くもない。数日後には、すべての子どもがあんたの友達になって、賽の河原は平安そのものとなる。ある日、あんたの上司が、賽の河原の見聞に来る。『あれ? 此処は、以前に比べると格段に安らかな場所となっているな。此処の管理鬼は一体誰じゃ?』ということになって、あんたは褒められて、その上に昇進する・・ どうだ、想像したか?」
「あ、うん・・悪くない想像じゃな。」
「だろ?」
「うん・・」
「この際、俺のアイディアを採用してだな、ひとつ頑張って見る気はないか?」
「そうだなぁ・・昇進するんだな?」
「当然だ。当然、そうなる。」
「よし、分かった。」
「納得のいったところで、もう帰った方が良いと思うけど。」
「分かった。そうするよ。良い助言を有難うな。」
「良いってことよ。元気でな・・」
軽い輪廻 行ったり来たり
「清廉女史、急がせて申し訳ありません。大丈夫ですか? お疲れの様でしたら、少し休んでも構いませんよ。」
「いえ、大丈夫です。火急の事態だと、閻魔殿秘書室第一秘書の純真様が、息せき切って駆けて来られるほど大変なことが起きているのですから・・」
「まことに申し訳ありません。しかし、ここは、天界でも屈指の裁縫の腕を借りなければならないのです。・・もう少しですから・・あの坂を上った辺りですが、かなりの勾配で、しかも距離が相当ありますから、私が裁縫箱を持ちましょう。そして、よろしければ手を引いて登りましょうか、少しでも疲れを防げますよ・・」
「はい・・、しかし、独身の殿方に手などお貸し頂いている処を誰かに見咎められでもしたなら・・」
「なんの・・急な事態に向かっているのですから、後で多少の問題が起きても、私がとやかく言わせません。・・さあ・・・」
「・・・」
「・・・・」
「・・さあ、もう見えてきましたよ。あの向こうの木立ちの辺りで、同行している死人が開いた穴を塞いで・・・あれ?・・どうしたのかな・・、居る筈の死人の姿が見えません・・」
「あっ、誰か倒れている様ですね・・」
「えっ・・兎に角、急ぎましょう・・」
「・・」
「・・これ、大丈夫ですか? 一二三院四五六居士! ・・一二三院四五六居士! 大丈夫ですか?・・もしかして、鬼に遣られたのですか?」
「えっ! 鬼に・・?」
「はい、一二三院四五六居士! 一二三院四五六居士!・・」
「・・う・・うん? ・・あ~~、よく寝た・・ あれ? あんた、帰って来たのか・・」
「帰って来たのかって・・、よく寝たですと? ・・一二三院四五六居士、あなた、私達が戻って来るまで破れた穴を塞ぎながら待っていると言ったじゃないですか。それなのに、何ですか! あなた、この大きな穴を放っておいて寝るなどとは・・、しかも、私が何度もあなたの身体を揺すりながら、大声で起こさねば目を覚まさないほど深い眠りを取るなど、まったく考えられませんよ!・・あ~~・・どうしよう・・あなたが惰眠を貪っている間に、おそらくは・・いや、まず間違いなく、この穴から鬼が侵入して、天界の何処かをうろついている筈です。一体、何という事をしてくれたのですか!」
「鬼が・・天界に・・?」
「あっ、清廉女史! 鬼と聞いて、気を失われましたか。・・清廉女史!・・」
「おい、嬉しそうじゃないか、念願の美形の思い人を抱き抱えて。」
「何を言っているのです。こうするのは、当然の成り行きです。他意はありませんからね。しっかりと言っておきますよ。」
「・・あぁ、閻魔殿秘書室第一秘書の純真様・・ 申し訳ありません、鬼と聞き、つい目の前が真っ白になりまして・・」
「いや、私の方こそ申し訳ない。実は、斯く斯く然然で、その為に、私は、この一二三院四五六居士を連れて、あなたのお宅に向かっていたところ、この一二三院四五六居士が、私が制止するのを尻目に、この限界シートを破ってしまったのです。」
「それで、あなたは、私の家まで駆けて来られたということなのですね?」
「はい。」
「これ、新米の死人さん、よりによって閻魔殿秘書室第一秘書の純真様を使いに出すなど以ての外です! どうせなら、閻魔殿秘書室第一秘書の純真様に此処に居て頂き、あなたが私を呼びに来るべきです。死人が、天界の者を使うなど、許される事ではありません。」
「そうなのか? だが、まあ、緊急事態だし、俺もこの仕切りを破ろうと思って破ったんじゃないから。単なる事故だったのだから。それに、どう見たって、この秘書さんの方が、若くて元気そうだろ? まあ、他にも色々と大人の事情がありまして・・、それでですね、この秘書さんに行って頂いたのです。」
「閻魔殿秘書室第一秘書の純真様、この死人は、一体何を尤もらしく訳の分からないことを言っているのでしょうか。それに、死人に大人の事情も何もない筈ですが・・」