北海道旅行記 三日目
来た道を戻ると、行きには気が付かなかったが、右手にシャッターを閉めた寂れた建物があることに気がついた。
看板を見やると、
「ふぁみりーまーと よこの」と書いてある。
それがブログに書いてあったファミリーマートだということに気が付くのに数秒を要した。
初めは言葉を失ってしまったが、すぐにもう堪らなくおかしくなってきて、5人とも腹を抱えて笑った。
空腹は辛かったがその足で、お目当ての澄海岬へと向かった。
澄海岬のすぐ側まで来ると、目の前に急な下り坂が現れた。
ここを降りれば澄海岬に着く。
車の気配は一切なく、僕らはその下り坂をブレーキもろくにかけずに一気に駆け下りた。
なんと気持ちの良いことか。
清涼感のある風を全身で受け止める。
下り坂は蛇行しており、両側には背の高い緑が生い茂っていた。
耳には風を切る音と車輪の音、そして男達の歓喜の声だけが響いた。
下り坂は永遠に続くように思われたが、降りきるとそこは小規模な港のようになっていて、漁の為の船がいくつか波止場に浮かんでおり、わきには漁師が休憩する為と思われる建物がひとつ建っていた。
建物の中に入ると、おつまみや軽食が売っていて、5,60代の漁師と思しき男が2人いた。
体つきはがっしりとしていて、顔は日に焼けて黒くなっていた。
「あんちゃんたち、どうしてこんなとこまで来たの。」
その問いかけ方もまた漁師であろうという予想を強めた。
夕日を見に来たことを告げると、
「あんちゃんたちみたいな若いのが、こんなとこまで夕日見に来るなんて、珍しいなぁ。」と笑われ、少し恥ずかしくなった。
漁師と思しき男達に別れを告げ、いよいよ澄海岬へと向かう。
澄海岬は、この小さな港の横にある階段を登ったところにある。
夕日もいい具合に傾き始めていた。
期待を胸に一段一段階段を登っていく。
段々と高さを増すにつれ、僕らの期待も増していく。
階段を登っていることに加えて、夕日への期待で心臓が早鐘を打つ。
階段を登り切ると、その景色は有無を言わさない速度で僕らの感情揺らした。
もうすぐ沈みそうな夕日が岩壁に生い茂ったススキを射抜いて一直線に僕らを照らし、僕らは思わず目を細めた。
頂上はコンクリートで舗装されていて、柵がこしらえてあった。
そこからは鏡面のように穏やかな大海原を眺望できて、所々荒々しい岩が海から突き出している。
岬の北側から見下ろすと、そこは入江のようになっていて、夕暮れだというのに海の色はコバルトブルー色に澄み切って、底にある岩が斑模様を作り出している。
岩壁の土はオレンジ色に染められ、荒々しくも優しく入江を包み込んでいた。
観光客など誰一人おらず、僕らは澄海岬からの眺めを独占した。
いよいよ、太陽が海に沈み始めると、空は一気にオレンジと紫と青のコントラストを演出する。
夕日が作り出す黄金色の道で真っ二つに割れた波ひとつない日本海を僕らは眺めた。
階段を降り、帰ろうとすると、さっきの男2人が声をかけてきた。
「エビ汁作ったから食ってきなよ。あんちゃんたちのために店開けて待ってたんだぜ。」
澄海岬の絶景に、空腹のことなどすっかり忘れていたが、一気に食欲が込み上げてきた。
エビ汁は良く出汁が味噌汁に溶け出していて、五臓六腑に染み渡り、漁師の人情に心温まった。
窓から海を見ると、完全に沈み切ってしまった夕日が、まだこの世界に光を残そうとしていた。
作品名:北海道旅行記 三日目 作家名:きよてる