北海道旅行記 二日目
<富良野>
カーテンをすり抜け、部屋に差し込む朝の光で僕らは目を覚ました。
カーテンを開けると夜とはまた違う表情を見せるキャンプ場がそこにあった。
朝日に反射する夏の緑がまぶしい。
丘にはいつのまにか羊が放たれていて、夏草をむしっている。
なんとも牧歌的な朝である。
バンガローの二階にはバルコニーがついており、そこからまだ朝もやのかかる広大なキャンプ場を眺めた。
緩やかな丘はどこまでも続くようで、空は少し水で薄めたような青色を湛えている。
昨日見た星空が夢のように思い出された。
二日目は美瑛と留萌を経由し、稚内を目指す。どこまで行けるだろうか。
バンガローにはシャワーが付いていないため、キャンプ場を後にした僕らは近場の温泉を探し、向かった。
北海道は温泉が多く湧いており、温泉を見つけるのにそう時間はかからなかった。
ネット検索でフラヌイ温泉の名前がヒットし、僕らはそこに向かうことにした。
BBQで付いた臭いと昨日一日の汗を流し、温泉に身を沈める。頭の中の汚れまで落ちるようで、脳が冴えわたる感覚を覚える。
長旅になる。英気を養うことを軽んじてならない。
すっかりこざっぱりした僕らは近くのコンビニで軽い朝食を済ませ、ファーム富田に向かった。
ドライブに音楽は欠かせない。お気に入りの音楽を思い思いにかけ、軽快に北海道の広い道を走らせる。
午前十時頃ファーム富田に到着した。
僕らは車を停め、小高い駐車場から園内方向を眺めるとファーム富田が相当に広いことが伺えた。
観光客はそれなりに多く、しばらく人気の少ない所にいた僕らは少し戸惑った。
家族連れや若いカップルが大半で、写真を撮ったり歓談したりと、思い思いの時間を楽しんでいた。
園内では色とりどりの花々が整然と咲いており、まるで巨大なキャンバスに描かれた風景画のようである。
小道には小川が流れ、せせらぎの音が耳に心地よい。
しばらく散策すると夏の日差しがジリジリと僕らを焦がし、僕らは逃げ腰気味に園内のショップに走り込んだ。
ファーム富田ではラベンダーが有名であり、ショップでラベンダーソフトクリームクリームを購入した。
若い女性店員が愛想よくそれをサーブしてくれる。
僕らは身体の熱を奪えとばかりに、ソフトクリームを頬張った。
ソフトクリームの甘さと、爽やかに鼻を抜けるラベンダーの風味が良くマッチしている。
その土地で有名なものを惜しげもなく堪能する。これは旅の醍醐味である。
小一時間ファーム富田に滞在した僕らは美瑛へと車を走らせた。
<美瑛>
北海道と聞くと何を頭に思い浮かべるだろうか。
小学校の学級文庫に「空」というタイトルの写真集があり、小学二年生の僕は時間を見つけては「空」を眺めた。
「その本いいでしょ。先生はこの写真がお気に入り。」
当時の担任の先生がめくったページには、雲ひとつない晴れ渡る空と広大な緑の丘との間に木が一本だけ立っていた。
言葉では説明できないその風景にどうしようもなく惹かれた。
その風景が北海道の美瑛だと知ったのは高校に上がったくらいの時だったと思う。
それ以来、僕は北海道と聞くと美瑛の風景を思い浮かべるようになり、時が経つにつれて僕の中の美瑛は美しさを増した。
今まさにその美瑛に向かっている。不安が残った。
「この眼にはどのように映るのだろう。」
僕はあまり期待しないようにした。あまりに大きな期待を抱きすぎると、そうでなかった現実に直面した時、人はより大きな失望を伴う。
僕はいつもでそうやって期待しすぎないように生きてきた。
車は美瑛の景色とはかけ離れた雑木林のような道を走っている。
しばらく車を走らせても相い変わらず雑木林の景色が続くばかりだ。
ところが左に曲がるカーブが現れ、そのカーブを曲がると景色が急に開けたのだった。
「おっ、もう着いたみたいだな」と言う。
開けた道は緩やかな上り坂になっていて、両脇には緑色の丘が青い空に向かって伸びている。
アクセルを更に踏み込むと、車がうなって坂道を駆け上がっていく。
どんな景色が広がっているのだろう。胸が高鳴った。
坂道を登りきった次の瞬間、眼前に現れたのは、僕の中にあった美瑛の風景そのものだった。
永遠に続きそうな緑の丘は視界を遮るものを持たず、どの角度からも地平線を保っている。
その丘を淡い青色が包み込んでいて、深緑の樹木が一、二本、真っ直ぐに空に向かって伸びていた。
小学二年生の時に眺めた「空」の景色と目の前の景色が完全に重なり合い、長年の想いが昇華されてゆく。
高台にある駐車場に車を停めて外に出ると、美瑛の景色を一望することができた。
夏の青空はどこまでも高く、こじんまりとした白い雲がいくつか泳いでいる。
幾重にも折り重なった緩やかな丘に赤い屋根の家が立っており、その脇に二、三本の木が寄り添っている。
まるで絵本の中の世界である。
さっきまでの不安な気持ちはどこかに消えて、皆も美瑛の美しい景色に心を躍らせている様だった。
美瑛にはいくつか有名な木があり、僕らは美瑛の中でも最も有名な哲学の木を見に行くことにした。
哲学の木は美瑛の木の中でもやや丸みを帯びた形をしており、何か物憂げな哀愁を漂わせ、ぽつんとただずんでいた。
哲学の「て」の字も知らない僕らは、哲学の木が過ごしてきた悠久の時を知る由もない。そして、この後哲学の木が倒されてしまうことも。
<オロロンライン>
美瑛の美しさに後ろ髪を引かれながら、今日の宿、兜沼オートキャンプ場を目指し四時間半をかけて一気に北上する。
僕はいつしか後部座席で眠っていたらしく、目を覚ますと空は徐々に朱色に染まり始めていた。
左側の窓を眺めると日本海が広がっており、その水平線が地球は丸いことを教えてくれる。
「やけに気持ちの良い道だ」と僕が言うと、「これはオロロンラインだ」と言う。
オロロンラインは北海道の日本海側の海岸線を走り抜けるドライブルートである。
右側には湿原が広がっていたり、時には風車が列をなしたりしていた。
日本海を眺められるスポットとして有名なみさき台公園に着く頃には、夕日は既に海に溶けだしていた。
沈みゆく夕日は、海に見事に反射し、朱色の一本道で日本海を割っていた。
辺りには黄金色に染まったススキがサラサラと揺れている。
僕らは水平線に完全に隠れるまで夕日を見送った。
ここまで美しい夕日を見たことがないかもしれなかった。
飽和していく夕闇を背に、また車を走らせる。
ここまで来ればキャンプ場は目と鼻の先だ。約四十分ほどで兜沼オートキャンプ場に到着。
管理棟でチェックイン手続きを済ませ、荷物をバンガローに搬入する。
搬入が一通り終わると、腹が北海道の食を求め始める。
腹ごしらえをする為、近場の食事処を検索したがほとんどヒットしない。
兜沼オートキャンプ場は海岸線からはだいぶ内陸に位置し、山の中にある為食事処が無いのも頷ける。
仕方なく食事処を求め、最北の町、稚内に向かった。稚内には四十分ほどで到着。
カーテンをすり抜け、部屋に差し込む朝の光で僕らは目を覚ました。
カーテンを開けると夜とはまた違う表情を見せるキャンプ場がそこにあった。
朝日に反射する夏の緑がまぶしい。
丘にはいつのまにか羊が放たれていて、夏草をむしっている。
なんとも牧歌的な朝である。
バンガローの二階にはバルコニーがついており、そこからまだ朝もやのかかる広大なキャンプ場を眺めた。
緩やかな丘はどこまでも続くようで、空は少し水で薄めたような青色を湛えている。
昨日見た星空が夢のように思い出された。
二日目は美瑛と留萌を経由し、稚内を目指す。どこまで行けるだろうか。
バンガローにはシャワーが付いていないため、キャンプ場を後にした僕らは近場の温泉を探し、向かった。
北海道は温泉が多く湧いており、温泉を見つけるのにそう時間はかからなかった。
ネット検索でフラヌイ温泉の名前がヒットし、僕らはそこに向かうことにした。
BBQで付いた臭いと昨日一日の汗を流し、温泉に身を沈める。頭の中の汚れまで落ちるようで、脳が冴えわたる感覚を覚える。
長旅になる。英気を養うことを軽んじてならない。
すっかりこざっぱりした僕らは近くのコンビニで軽い朝食を済ませ、ファーム富田に向かった。
ドライブに音楽は欠かせない。お気に入りの音楽を思い思いにかけ、軽快に北海道の広い道を走らせる。
午前十時頃ファーム富田に到着した。
僕らは車を停め、小高い駐車場から園内方向を眺めるとファーム富田が相当に広いことが伺えた。
観光客はそれなりに多く、しばらく人気の少ない所にいた僕らは少し戸惑った。
家族連れや若いカップルが大半で、写真を撮ったり歓談したりと、思い思いの時間を楽しんでいた。
園内では色とりどりの花々が整然と咲いており、まるで巨大なキャンバスに描かれた風景画のようである。
小道には小川が流れ、せせらぎの音が耳に心地よい。
しばらく散策すると夏の日差しがジリジリと僕らを焦がし、僕らは逃げ腰気味に園内のショップに走り込んだ。
ファーム富田ではラベンダーが有名であり、ショップでラベンダーソフトクリームクリームを購入した。
若い女性店員が愛想よくそれをサーブしてくれる。
僕らは身体の熱を奪えとばかりに、ソフトクリームを頬張った。
ソフトクリームの甘さと、爽やかに鼻を抜けるラベンダーの風味が良くマッチしている。
その土地で有名なものを惜しげもなく堪能する。これは旅の醍醐味である。
小一時間ファーム富田に滞在した僕らは美瑛へと車を走らせた。
<美瑛>
北海道と聞くと何を頭に思い浮かべるだろうか。
小学校の学級文庫に「空」というタイトルの写真集があり、小学二年生の僕は時間を見つけては「空」を眺めた。
「その本いいでしょ。先生はこの写真がお気に入り。」
当時の担任の先生がめくったページには、雲ひとつない晴れ渡る空と広大な緑の丘との間に木が一本だけ立っていた。
言葉では説明できないその風景にどうしようもなく惹かれた。
その風景が北海道の美瑛だと知ったのは高校に上がったくらいの時だったと思う。
それ以来、僕は北海道と聞くと美瑛の風景を思い浮かべるようになり、時が経つにつれて僕の中の美瑛は美しさを増した。
今まさにその美瑛に向かっている。不安が残った。
「この眼にはどのように映るのだろう。」
僕はあまり期待しないようにした。あまりに大きな期待を抱きすぎると、そうでなかった現実に直面した時、人はより大きな失望を伴う。
僕はいつもでそうやって期待しすぎないように生きてきた。
車は美瑛の景色とはかけ離れた雑木林のような道を走っている。
しばらく車を走らせても相い変わらず雑木林の景色が続くばかりだ。
ところが左に曲がるカーブが現れ、そのカーブを曲がると景色が急に開けたのだった。
「おっ、もう着いたみたいだな」と言う。
開けた道は緩やかな上り坂になっていて、両脇には緑色の丘が青い空に向かって伸びている。
アクセルを更に踏み込むと、車がうなって坂道を駆け上がっていく。
どんな景色が広がっているのだろう。胸が高鳴った。
坂道を登りきった次の瞬間、眼前に現れたのは、僕の中にあった美瑛の風景そのものだった。
永遠に続きそうな緑の丘は視界を遮るものを持たず、どの角度からも地平線を保っている。
その丘を淡い青色が包み込んでいて、深緑の樹木が一、二本、真っ直ぐに空に向かって伸びていた。
小学二年生の時に眺めた「空」の景色と目の前の景色が完全に重なり合い、長年の想いが昇華されてゆく。
高台にある駐車場に車を停めて外に出ると、美瑛の景色を一望することができた。
夏の青空はどこまでも高く、こじんまりとした白い雲がいくつか泳いでいる。
幾重にも折り重なった緩やかな丘に赤い屋根の家が立っており、その脇に二、三本の木が寄り添っている。
まるで絵本の中の世界である。
さっきまでの不安な気持ちはどこかに消えて、皆も美瑛の美しい景色に心を躍らせている様だった。
美瑛にはいくつか有名な木があり、僕らは美瑛の中でも最も有名な哲学の木を見に行くことにした。
哲学の木は美瑛の木の中でもやや丸みを帯びた形をしており、何か物憂げな哀愁を漂わせ、ぽつんとただずんでいた。
哲学の「て」の字も知らない僕らは、哲学の木が過ごしてきた悠久の時を知る由もない。そして、この後哲学の木が倒されてしまうことも。
<オロロンライン>
美瑛の美しさに後ろ髪を引かれながら、今日の宿、兜沼オートキャンプ場を目指し四時間半をかけて一気に北上する。
僕はいつしか後部座席で眠っていたらしく、目を覚ますと空は徐々に朱色に染まり始めていた。
左側の窓を眺めると日本海が広がっており、その水平線が地球は丸いことを教えてくれる。
「やけに気持ちの良い道だ」と僕が言うと、「これはオロロンラインだ」と言う。
オロロンラインは北海道の日本海側の海岸線を走り抜けるドライブルートである。
右側には湿原が広がっていたり、時には風車が列をなしたりしていた。
日本海を眺められるスポットとして有名なみさき台公園に着く頃には、夕日は既に海に溶けだしていた。
沈みゆく夕日は、海に見事に反射し、朱色の一本道で日本海を割っていた。
辺りには黄金色に染まったススキがサラサラと揺れている。
僕らは水平線に完全に隠れるまで夕日を見送った。
ここまで美しい夕日を見たことがないかもしれなかった。
飽和していく夕闇を背に、また車を走らせる。
ここまで来ればキャンプ場は目と鼻の先だ。約四十分ほどで兜沼オートキャンプ場に到着。
管理棟でチェックイン手続きを済ませ、荷物をバンガローに搬入する。
搬入が一通り終わると、腹が北海道の食を求め始める。
腹ごしらえをする為、近場の食事処を検索したがほとんどヒットしない。
兜沼オートキャンプ場は海岸線からはだいぶ内陸に位置し、山の中にある為食事処が無いのも頷ける。
仕方なく食事処を求め、最北の町、稚内に向かった。稚内には四十分ほどで到着。
作品名:北海道旅行記 二日目 作家名:きよてる