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はなもあらしも 道真編

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 日輪家に戻ってから、ともえは妙に道真を意識するようになってしまった。
 いや、今までもずっと意識していたのだが、極力深く考えないように注意を払っていたのだ。おかげで夕食の味も分からぬまま食事を終え、最近の日課となっていた鯉の餌やりに庭へと出て来た。
 そこで餌をせがむ鯉に向かって餌を投げながら思案する。
 だいたい道真君って本当に私の事好き……なのかしら?

「おい」

 一度もそんな素振りを見せたこともないし、第一私の方から聞くっていうのもどうかと思うのよね。普通そう言うのって男の人が言うものじゃないの?

「おい」

 それにやっぱり道真君って本心が掴めないっていうか……

「ともえ!」
「はいっ!?」

 完全に自分の世界に浸っていたともえは、池の鯉に向かって餌を撒く手を驚いて止めた。振り向くと道真が呆れたような顔をして、池を指差している。

「お前、うちの鯉を太らせてどうする気だ?」
「道真君……え? 太らせる? ―――わああっっ!! なんでこんなに麩がいっぱい!?」

 池一面にふよふよと浮かぶ鯉の餌の麩に、ともえは目を丸くする。水の中が見えない程びっしりと張り巡らされた麩に、中の鯉達は大喜びでバクバクと食いついていた。

「お前がぼーっとしながら投げてるからだろ。一度にこんなにやって、病気にでもなったらどうするんだ」

 ため息と共にしゃがんだ道真は、池の脇に置いてある小さな網を使ってともえが大盤振る舞いをした麩を掬い上げて行く。それに申し訳なさそうに頭を下げ、ともえも手を使って手伝う。

「ごめんなさい、ちょっと考え事してて……」

 その考え事の大元である道真が隣にいるのだが、やはり聞くに聞けない。

「お前は何でも物事に熱中し過ぎなんだよ。もう少し注意力をつけないと、そのうち池に落ちるぞ」
「失礼ね、そこまでドジじゃないわよっ……わあっ!?」

 反論の言葉を述べた瞬間だった、ともえはバランスを崩し体ごと池に向かって倒れた―――


 ――――あれ?


 と、思ったが、体は反対方向に倒れた。

「この馬鹿っ!!」

 気がつけば道真の腕の中にいて、ともえは咄嗟に助けられたと気付く。

「ごっ、ごめんなさいっ!!」

 慌てて離れようとしたともえの腕は強い力で掴まれ、そのまま抱きすくめられた。

「えっ? み、道真君? どうしたの?」

 驚きで心臓が激しく波打つ。
 いつもの調子で道真はため息を吐くと、

「一つ聞いてもいいか?」

 とぼそりと言った。ともえは頷く。

「なに?」
「お前さ、俺の事どう思ってるんだ?」
「は?」

 軽い衝撃を受け、ともえはぽかんと道真を見上げる。それを受けて照れたように道真は視線を逸らすと、さらに続けた。

「前に俺がお前の目付役になるって言った時、お前は驚いただけだった。それ以降も、結婚の話しなんてしなかったから……お前は俺と結婚するのは嫌なのかと思ったんだ」
「えっ!? ちょっと待って、じゃあ、道真君は私と、その、結婚してもいいと思ってくれてるの……?」

 再び衝撃を受ける。
 すぐ目の前にある道真の顔が少し赤らみ、つられてともえの顔も赤くなる。

「思ってないなら、お前の婿に名乗りを上げるとでも思うのか?」
「だ、だって、道真君私の事好きみたいな素振り一度も見せた事ないし、言われた事もないし、話す時だって前と全然変わらないしっ!」
「それを言うならお前だったそうだろ? 俺の事好きだって態度を一度も見せた事ないくせに」
「好きだよっ!!」

 そこでお互いの動きが止まる。
 ばしゃばしゃと元気よく餌を食べる鯉の音が虚しく辺りに響き、しばしの沈黙にただ二人は見つめ合った。
 道真に好きだと言ってもらいたいと思っていたはずなのに、思わず自分から言ってしまった恥ずかしさが急にこみ上げて来て、ともえは堪らず吹き出す。

「―――ぷっ」
「何で笑うんだよ?」
「ごめんごめん、なんか、私たち同じ事でお互い悩んでたんだなあって思ったらおかしくなっちゃって」

 言ってしまったものは仕方ない。

「好きだよ、道真君。私のお婿さんになってください」

 ぺこりと頭を下げるともえに、道真はふっと笑った。そしてともえの体を優しく抱きしめた。

「俺も好きだ……俺の嫁になってくれ」
「はい」



 お互いの気持ちを確かめ合うまで随分時間が掛かってしまった。
 だが、何とも自分たちらしいではないかとともえは思う。
 これからは二人、共に歩いて行こう。いつまでも、いつまでも。






          はなもあらしも  道真編  完