はなもあらしも 道真編
* * *
医者に連れられ、打撲と診断されて湿布と包帯で処置を受けると、道真は今度はともえをおんぶして日輪道場へと連れて帰ってくれた。
玄関で二人を向かえた月乃は驚いて、直ぐさま部屋に布団を用意して食事や飲み物を持って来てくれた。
幸之助も心配してやって来て、ともえの怪我が軽い事を確認して安心すると、いつの間にか部屋にはともえと道真の二人きりになっていた。
じっとともえを見つめる道真の視線に、いい加減耐えられなくなったともえが、意を決して口を開く。
「あの、もう大丈夫だから……本当に助けてくれてありがとう」
「―――本当に顔は見なかったのか? 笠原の連中なのは分かってるんだろ?」
「それは……」
顔は一瞬しか見ていない。だが、道真の言う通り笠原道場の人間である事は間違いない。
「探し出して、灸を据えてやる」
「ちょっと待って!」
立ち上がろうとした道真の裾を慌てて掴み、ともえは痛みに顔をしかめた。
「おい、無理するな」
「それはこっちのセリフよ! もし、私の足を殴ったのが笠原道場の人だとして、その人達を怪我させたら向こうと同じなんだよ? いきなり暗がりから殴りつけるような卑怯なやり方許せないけど、やっぱり弓道の試合できっちりと勝ちたいの!」
真っ直ぐなともえの目に、道真は気付かされる。
そうだ、やられたからやり返すだけでは、卑怯者の相手と同じなのだ。自分が傷付けられて痛い思いをしているというのに、ともえは日輪道場の事を考えているのだ。
それに比べて自分は、腹が立ってそれをすぐにぶつけようとしてしまった。
何故?
布団に座り、すがるような目で自分を見上げるともえの姿に、道真は考えるのを中断させられた。良く分からない事は考えても仕方ない。
どさりとあぐらをかいて座った道真は、大げさにため息を吐いた。
「はあ。分かった、試合であいつらにぐうの音も出させないくらいの差をつけて勝つ。だから、お前は早くその足を治せ」
「うん!」
「それと……」
また視線をともえから逸らし、道真は居心地悪そうに小声で言った。
「今度出かける時は俺に声を描けろ。お前を一人にすると、危なっかしくてたまらないからな」
「あ……うん。ごめんね、ありがとう」
不器用な道真の優しさに、ともえはたまらなく嬉しくなった。
お互い顔を見合わせられず俯いたままぼそぼそと会話を交わすと、耐えきれなくなったのか、道真は静かに立ち去った。
誰もいなくなった部屋で、ともえは自分の中に芽生え始めた感情を少しずつ整理し、赤くなった顔を隠すように布団にもぐりこんだ。
絶対に負けられない。試合に勝って、道真くんが喜ぶ顔が見たい。
そう、思った。
作品名:はなもあらしも 道真編 作家名:有馬音文