はなもあらしも
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ここ日輪道場と笠原道場は、古くからある弓道の名門である。戦国時代には日輪道場は徳川家、笠原道場は織田家の弓道指南役として名を馳せていた。
日本が徳川家康によって統一された後、江戸に道場を固めて弓道の伝統を守ってきたのだが、やはり時代の流れによって少しずつ武芸は廃れて行ったのだった。保守的な笠原家に対し、もっと広く一般的に弓道に親しんでもらおうと柔軟な考えを示した日輪家は、何かと気まずい関係を築いていたのだが、明治に入って完全に将軍家の恩恵が無くなってしまった今、その対立が激化していた。
少し前から当主同士での話し合いは何度も行なわれていたようだが、結局どちらも引かず、今回の笠原道場からの試合の申し込みという形になったのだ。
「そうだったんですか……」
ともえはその話しを幸之助と月乃から聞き、手元の湯のみを引き寄せた。
食事が終わりそれぞれが引き上げた後、幸之助に呼ばれて二人の部屋へ来ていたのだが、どこも弓道界の将来について不安を抱えているのだと改めて感じたのだった。
ともえの実家である那須道場もご多分に漏れず弟子の数の現象に悩まされていた。
やれ戦だなんだと刀や槍を振り回す時代は終わり、天下太平の世の中が到来したのだから、好き好んで武芸を嗜もうとする人間はほとんどいない。趣味でやるというにしても、皆それぞれの生活で精一杯でそんな余裕も無い。
だが、幸之助が言うには、必ず人々が心のゆとりを持って弓道を楽しめる時代がやって来る。だから、その為に今頑張る必要があるというのだ。
その言葉を聞いて、ともえは何だか嬉しくなった。自分が強くなる事ばかりに必死だったが、そうやって弓道界の将来を真剣に考えている幸之助は懐が広い人物だと、こういう人にこそ弓道を習いたいと、そう思えた。
「私、皆さんのお役に立てるように精一杯頑張ります!」
「ありがとう、そう言ってもらえると心強い」
幸之助達の部屋を出て廊下から空を見上げると、大きな月がぽっかりと空に浮かんでいた。
すっと空手で弓を握り、矢を構えると、
「シュッ!」
月めがけて見えない矢を放った。