SAVE THE CAT の法則
ところで、突然だが、『SAVE THE CAT の法則』というタイトルの本をご存じだろうか。ハリウッドの売れっ子脚本家が書き残した、「本当に売れる脚本」を書く技術の教科書だ。そして『SAVE THE CAT の法則』というルールは、「主人公は、観客が出会ってすぐ好きになり、応援したくなるようなことをしなければならない」と説明されているのだが、さて本作の主人公である男も今、猫を助けた。
と言っても、猫の命を助けたのではなかった。猫はとっくに、死んでいた。男が自転車をこいでいたところ、道路の真ん中で伸びている白い猫の死体に出くわした。放っておけばせんべいのようにされるのは、想像しやすいことだった。男が手を汚して救ったのは、その白い猫の尊厳なのだった。
「これで好きになってもらえるといいな。ボクの子猫ちゃんたち」
男はイヤらしい笑顔でつぶやいた。
男は、風俗が大好きだった。ぶっちゃけ、毎月七、八万円は継ぎ込んでいた。かつ、風俗嬢たちの歓心を買うために不器用な努力も続けていた。そして、彼女たちにしばしば大の猫好きがいるということで、この出来事でポイントを稼げるのではないかというのが、男の今回のニヤけ顔の理由だった。ウソを丁寧につくのは骨が折れる……手ごろな事実を作ることができてちょうどよかったと、喜びもひとしおだった。
というわけで、観客・読み手からの好意と応援の具合などつゆ知らぬ主人公は、再び嬢たちと交わる日を心待ちにしながら、その日も幸せな眠りに就いた。
「突然だが、おぬしの願いをひとつだけ聞いてやるぞよ」
男が気付くと、そこに一匹の白猫がいた。そして口を動かすと、人語を発した。
「我はやんごとなき血筋の猫である。昼間は我がむくろを丁重に扱ってくれ、深く感謝する」
「じゃあ女のハダカが見たい! 出会う女出会う女のあらわな肌を無料で見たい!」
……白猫は押し黙った。男が急な展開に戸惑うところかたちまち飲み込み、しかもそのような即答をしてきたことに白猫のほうが戸惑っていた。
「……状況適応早くないか。それと、本当にそんなものがよいのか」
言われて男は、「猫に小判」という言葉を思い出した。猫には、人間における欲や価値が理解できないのだろう。がしかし、本当に叶うのならいちいち口にしてモメるべきものではなく、低姿勢を保って続けた。
「僕は欲が無い人間なので、その程度がいいんです。それでお願い!」
敬語を使うべきかタメ語でいいのか分からずしゃべる男に、白猫はゆっくりと答えた。
「……それでは、明朝から叶えよう」
翌朝、男は、ヘンテコな夢を見た……と思った。
そして身支度を終えて出勤のために外へ出ると、見かけた女学生ははたして、至極当然に制服を着たまま通り過ぎた。
なお、向こうを歩いている猫的な何かが、赤裸で見えていた。
(了)
作品名:SAVE THE CAT の法則 作家名:Dewdrop