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湯けむりの幻

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予定時刻のチェックアウト。
ふたりは、またレンタカーに乗り込み、峠を下った。あのこぶし街道の急勾配に差し掛かったあたりで チャコは気分が悪いと言い、車を止めた。車を降り、道路の崖側のガードレール近くへと歩いた。 
「気を付けろよ」
新一は、景色の美しさにカメラを向けた。チャコも写しておこうと歩いていった方をカメラで追ったが チャコの姿がフレームに入ってこなかった。
そこは、往きに気になった多くの花が植わっている場所。
近づいてみた新一は、小さな地蔵が花に埋もれるように微笑んでいるのを見つけた。
地蔵の手のあたりのひび割れに引っかかっていた布切れに かすれた字で『道中安全』と書かれていた。

新一は、車に戻るとゆっくり目を閉じ深呼吸し、気を取り直して目を開けた。
車は、路肩からゆっくり走り出した。

『新一』

新一は、怖くないその柔らかな風のような声を聴き この旅が忘れられない思い出になると感じた。



     ― 了 ―
作品名:湯けむりの幻 作家名:甜茶