青い鳥は切り刻まれて
走る車の中、俺は次第に理解し始めた。
俺…拉致られてる…。
この人たちが、俺は誰だか知らない。
俺が歌った、あの歌を歌ってる人たちも知らない。
確認しようもない。
本当は、ただの人さらいだったらどうしよ…。
俺…売り飛ばされるの?
でも、俺…価値なんか全然ねぇのに!?
どうしよう…。
落ち着きを無くし始めオロオロしまじめた俺に、この車に押し込んだ張本人が笑う。
「何、怯えてんだよ。変なヤツ」
この状況で怯えねぇのが居るなら教えて欲しい。
不安で堪らない。
と、車で待っていた…今は運転してる人が言う。
「にしても野暮ったいヤツ。冴えないの代名詞みてぇだな、オマエ」
両方とも口が悪くて怖い。
泣きたいぐらい怖くなってきた。
本格的に…悪い人たちに拉致されてるって思った。
「でも、歌だけはサイコー。マジだぜ?」
俺を拉致った方が、身を乗り出して運転してる人に言う。
「俺、歌聞いてねぇからワカンネェよ」
運転してる人が言うと
「おい、オマエ…さっきの歌えよ」
拉致った方が言う。
「…ここで?」
俺が言うと、怖い目つきで
「日本語、分かんネーのかよ…歌えよ」
今にもキれて殴られそうな声で言われた。
俺は、怖さに負けて歌いだす。
大きく深呼吸して、歌にだけ集中して。
歌い始めて、ちょっとした辺りで車が止まった。
俺は歌を止めたかったけど、怖くて歌い続けた。
「ドー?」
「スゲェ…」
その会話を聞いて、俺は拉致した方に止めて良いかと視線を送ってみる。
「あ?アー…十分」
ニヤッと笑いながら止めて良いと手のゼスチャーも添えて拉致した方が言った。
車を運転してる方は俺をジッと見つめてる。
やっぱり怖い。
「いい歌声だろ?俺は欲しいけど…オマエは文句ありソーな顔だな」
拉致した方が言う。
「確かにいい声だよ?良いけど、コイツが歌ったら…俺らが歌えねぇだろ」
「そうか?」
「コイツの歌じゃ、俺らが霞む」
運転してる方は、本当に嫌そうな顔をしてる。
と、拉致った方が言った。
「大丈夫だよ。コイツ、華がネーし」
それに対して
「光るかもしんねぇだろ?」
運転してる方が言う。
「だったら、毎日、あんだけ駅前で歌ってんのに雑踏に埋もれるワケがネー」
拉致った方が、俺を見ながら嘲笑した。
「…そう?」
運転してる方が、不審そうに訊く。
「コイツは才能を腐らせるタイプだからヘーキだ」
ニヤニヤ笑うコイツの顔が、俺は本当に嫌だった。
運転してる方は、しぶしぶ承諾した様に前を向き、再び車が走り出した。
俺は怯えながら思った。
俺に拒否権ねぇの?
隣に座ってるヤツの態度を見ればわかる。
拒否権はねぇ。
俺は本当に怖くてしょうがなかった。
何処かで折を見て、逃げださねぇと…。
そう思ってるのに、車はどんどん進んでいく。
それから、高級そうなマンションの前で止まった。
「で、他の奴等には何て言うつもり?」
車を運転してる方が言う。
「あ?オマエと同じ風に言うに決まってんだろ?」
拉致った方が言う。
「ふうん…そっか」
運転してる方はそれだけ言って納得の意を伝える。
「じゃ、コイツの為の曲…作っとけよ」
そう言って、拉致った方が俺の腕をまた掴む。
「曲って言ったって、音域もきちんと調べないで…」
「コイツならどんな曲でも歌えんだろ」
運転してる方の言葉を遮って、拉致った方が言う。
「じゃあ、期待に沿えるように難しいの作っとくよ」
「上等」
車から俺が引きずり出されると、車はスーッと出て行ってしまった。
俺は拉致った方と、二人きりになる。
こんな…何処かも分からないマンションにつれて来られて…。
どうしたら良いんだろう。
逃げるチャンス…今じゃねぇ?
俺は鞄をギュッと掴んで逃げ出そうとした、その時
「逃げようとか思ってんじゃネーよ?」
蛇に睨まれた蛙だ。
鋭い眼光に、声に足がすくむ。
「分かったらさっさと進めよ」
グッと腕を引っ張られて、俺はようやく足を前に出した。
フラフラと付いていき、結局、拉致ったコイツの部屋に連れ込まれてしまった。
綺麗な部屋だった。
綺麗…というより必要な物しかない、素っ気無い部屋だった。
俺はソファに座らされ、部屋の住人は、たぶんキッチンにだろう。
居なくなってしまった。
俺は落ち着かなくて、キョロキョロと辺りを見回すしかない。
窓から逃げるには階数が高すぎるし、ドアから出ようとしても気付かれそうだし…。
話し合って解決できっかな…。
俺…帰りたい。
とにかく帰りたい。
願っても無駄そうだった。
ワカンナイけど、空気がそんな感じだ。
オロオロ、オドオドしてると、部屋の住人が帰ってくる。
湯気が暖かそうなカップを二つ持って。
「コーヒーぐらい飲めんだろ?」
飲まなければイケナイという口調だ。
俺は頷いてカップを取ると口をつける。
熱かった。
「で、俺らの話、聞いてたと思うけどさ、オマエ…俺の為に歌えよ」
「お…俺の為?」
グループだかバンドだか知らないけど、それの為じゃなくて、自分限定で言ってきた部屋の住人に対して、俺は目を丸くした。
「ソーだよ。俺の為。さっきのヤツの態度見ただろ?」
俺が歌うのは反対そうだった。
俺は頷いた。
「だから…俺の為に歌え」
この人も怖いけど、運転してた方も怖かった。
しかも、それ以外も数人いるみたいだったし…。
どっちにしても、針のムシロなら、きっと今断ったほうが良い。
俺は勇気を出して言った。
「歌えねぇ」
「あ?」
「だって…歌わないほうが」
「ハー。ンな返事すんのかよ」
背筋が凍った。
怖い…なんてもんじゃ無かった。
俺は体の震えが止まらなかった。
作品名:青い鳥は切り刻まれて 作家名:櫻都 和紀