青い鳥は切り刻まれて
「俺は…君が好きなんだ!!」
俺の告白に彼は冷ややかだった。
「ソーか?俺は嫌いだけどな」
綺麗な顔が、ゾッとするほど鋭くて…。
だけど、もっと綺麗だと思った。
それは俺の君への愛が、この目を狂わせてるから。
俺は学校を卒業して就職してからも、冴えない男だった。
趣味は絵を描くこと。
それと…釣り。
暗い趣味ばかりだ。
他人に言わせると。
でも、俺にとって、暗い趣味だとか、冴えない男だとかなんて、どうでも良かった。
生きて行けるから。
俺自身は楽しいから。
それと、目立つのは嫌い。
ひっそりと生きてたかった。
でも、そんな俺の隠してるもう一つの顔がある。
ストリートミュージシャンだ。
って言っても、楽器も何もなくて声一つ。
歌うだけ。
もしかしたら、歩いてる人にとっては酔っ払いが大声で歌ってるのと、さほど違いは無いかもしれない。
でも、俺が言い張るんだからストリートミュージシャンだ。
都会は良い所だと思う。
俺は本当に、ここに住んでて良かったと思う。
ストリートミュージシャンなんて吐いて捨てるほどいる。
だから、歌だけの俺に誰も見向きもしなかった。
帽子も深々と被って、でも堂々と歌う。
俺の声が雑踏の中に溶け込んでいく。
その感じが好きだった。
俺は人ごみの中、孤独を感じられる、この場所が好きだ。
今日も歌声が雑踏に消えていく。
そんな日々を楽しんでいたのに…。
君が現れた。
何の為に君は俺の前に現れたのかしらない。
いつもの様に俺は歌ってた。
消えていく歌声に酔いしれていた。
なのに、普段は感じない視線を感じて、俺はふと前方を見た。
深く帽子を被ってるのは同じなのに、いかにも俺とは住む世界が違う人間が立ってた。
俺は歌いながら
どっか行け
なんて思ってた。
そいつが立った所為で、何人かの視線がこっちに飛んでくる。
俺を見てるのか、そいつを見てるのかは分からないけど。
だって、そいつはいかにも“かっこいい”人間だった。
コートやら何やらの着こなしから、立っている姿まで完璧だと思った。
帽子を深く被ってるぐらいで、消えない何かがあった。
俺の歌声とは関係ない通行人の感嘆の声がチラホラ聞こえる。
なんで俺と関係ないか分かるかって?
んなのわかる。
「あの人、カッコ良くない?」
みたいな声ばかり。
俺は思った。
もぉ、本当にどっか行け!
一曲歌い終わって、俺は場所を移動しようと思って溜息をついた。
鞄を持とうと後を向いたとき
「おい。観客が居んのに挨拶もネーのかよ」
そいつが言った。
「聞いてくれてアリガトゴザイマシタ」
俺は振り向いて、ぶっきら棒に言った。
すると、そいつは笑って
「もう一曲歌えよ。最近の曲とか歌えネーの?」
なんて言う。
「興味ねぇから」
俺はボソッと返した。
誰かと話すとか苦痛でしかない。
なのに、そいつは引き下がらない。
「一曲ぐらい知ってるだろ?あ〜…あれ。あれ歌えよ」
そう言って、曲を指名してきた。
最近、街中でも良く流れてる曲だ。
嫌でも耳に入る。
そんな感じで覚えてしまってる曲だ。
「じゃあ、歌ったら終いでいいんだろ?」
俺は息を深く吸った。
目の前の人間を、周りの人間が気にならないように。
歌う。
俺のキーより低いから、少し上げて。
歌ってみると、なかなか歌いやすい…。
いや、歌ってみると俺の為に出来た歌な様な感じすらする。
人の視線がより集まってきた。
それでも構わないと思えるぐらい、いい曲だった。
気持ち良すぎる位、歌にのめり込んだ二番のサビで思わぬ事態が起きた。
人が集まり始めた頃合。
目の前に居た、あいつがコートをフワッと舞い上がらせて踊り始めた。
俺の歌に乗って軽やかに踊る姿。
その踊りは、どう見たって、その辺のパフォーマー達とは違う。
形容しがたい。
なんて言えばいいんだろう。
天女とかその類…
コートなんて厚ぼったい布が、あんなに軽やかに舞うはずがない。
動きもしなやかで、重力なんてない。
俺の歌声が、その踊りにかき消されるのが分かるぐらい綺麗だった。
「決めた」
歌の途中で、そいつが踊るのを止めた。
俺も歌を止める。
「オマエの荷物…あれだけ?」
俺の鞄を指さす。
俺は何故だか頷いた。
逆らえなかった。
そいつは俺の鞄を取ると俺の腕を掴んだ。
「来いよ」
それだけ言って走り出す。
集まった観客達を唖然とさせて、どこまでも走った。
まるで、付いてくる人間を撒くように。
それから、停めてあった車のドアを彼は開いた。
中には人が乗ってて
「何だよ。ソイツ」
俺を見て言った。
「新しいボーカル」
俺の腕を握ったままの手を挙げて言う。
「はぁ!?何の」
車の中の人が呆れたように言う。
腕を握ったままの彼が言った言葉に俺は驚いた。
彼の口から出てきた名前が、さっきの歌の歌ってる奴らの名前だったからだ。
「俺、コイツの歌じゃなきゃ踊らネー」
そう言って、俺は車の中に押し込まれた。
何も言えずに、この車に連れてきた彼を見ていると俺の鞄を押し付けられて
「もっと奥に座れよ。俺が座れネーだろ」
俺は慌てて奥へと進んで座った。
どこまでも逆らえない威圧が怖かった。
作品名:青い鳥は切り刻まれて 作家名:櫻都 和紀