「さよならを言うために」1~5話
2話 ユリとの別れ
僕と彼女は時々SNSアプリでメッセージのやり取りなどしたけど、すぐに電話番号を教え合って、それからしょっちゅう長電話をした。彼女は驚いたことに、僕と話していても苦痛に感じないようで、僕にはそれが不思議だった。なぜなら、僕はいつも友達にさえ「理屈っぽい」だの、「話がよくわからない」と話を遮られて、そこでやめにされることもいばしばあったからだ。でも彼女はいくらでも僕と話したし、僕もその内容に満足していた。それなのに僕たちは、肝心な話だけは話さなかった。
彼女には“話し尽きない悲しみ”があるのに、彼女はそれについてはいつも口を閉ざしていた。僕が“悩み事は?”と聞くために、その前に「体調とか、どう?」などと聞いたりすると、必ずいつも「元気元気!」と返してきた。そこには何か有無を言わさない拒絶があるように僕は思っていた。
彼女と初めて会ってから二週間ほどが経った頃、「今日、暇?」と彼女からメッセージが届いた。その日は僕は仕事があって、少し遠くの家の子供に勉強を教えにいかなければいけなかった。僕は“断りたくない。でも、仕事だから仕方ないかな。”と思って、「ごめん、今日は仕事なんだ。明日なら空いてるよ」と入力して送信した。しばらくは僕のそのメッセージに「既読」という記号が付いていただけだったが、やがて彼女からまた送信があった。
“仕事、何時に終わるの?”
それだけだったけど、僕にはなんとなくわかってしまった。これほどに彼女が僕に会うことを急いでいるなら、もしかしたらこれはSOSなのかもしれない。だとするなら、僕は今晩、彼女からちゃんと聞き出せるのかもしれない。そう思うととてもそのメッセージに「明日にしてくれないか」なんていう返事はできなかった。
待ち合わせは夜の九時。地元駅前に立っている、ペンギン像の前だった。僕はしばらくその前に立っていたけど、“そういえばなんでここにペンギンの像なんてものが建てられてるんだろうな”とぼやっと考えていただけだった。彼女から今晩何かを聞くとするなら、そのときに考えればいいだけだと思っていた。今からあれやこれやと彼女に降り掛かっているかもしれない不幸について想像して考えるのは、好奇の目で彼女をこねくり回すようで嫌だった。でも僕は、“もしかしたら彼女は泣くのかもしれない”とだけ思った。
しばらく沈黙したままで、僕と同じくらい背の高いペンギンと並んで立っていると、駅前ロータリーの端にある信号のない横断歩道を渡って、彼女がこちらに近づいて来るのが見えた。彼女が手を振っていたので僕も振り返したけど、若過ぎる女の子との待ち合わせだったと周りに分かってしまうので、内心ではびくびくしていた。
「久しぶり。でもないかな?」
予想に反して、彼女はとても楽しそうに笑った。にこにことしていて、本当にこれからただ遊びに行くのを喜んでいるようだった。それに、今日はこの間とは違って、ワンピースを着てローファーを履いている。
「そうだね、そこまででも」
僕はなんとかそう答えたけど、駅前を歩いている大人たちから自分が一体どう見られているのかを考えると、気が気でなかった。赤いチェックのワンピースを着て、白の靴下にかわいらしいタッセルローファーを履いた彼女は、実年齢よりさらに下に見える。“でもまあこれならもしかして、父親と娘くらいに見えるかも。”僕はそう思ってちょっと安心しながら、彼女を連れてまた「喫茶ハーベスト」へと向かった。
駅前を歩いているときも、「ハーベスト」で椅子に掛けるまでも、座ってマスターに飲み物と食べ物を頼むときも、始終彼女は興奮気味だった。楽しいというより、極度の緊張からそう振舞うしかないかのように見えた。なので僕はなるべく彼女の興奮が高まらないように口数を少なく、とにかく彼女が何か飲んで食べて、落ち着くまで待つことにした。
彼女はその日はロイヤルミルクティーと、それからチョコレートサンデーを頼んだ。それを決めたらしいとき彼女は、「私、サンデーでおなかいっぱいになっちゃって、しばらくごはん食べられないと思う。いいかな?」と聞かれたので、僕もブレンドとピザトーストを頼んだ。
注文したものが来ると彼女は美味しそうにそれらを味わっていた。ミルクティーには砂糖をスプーンで三杯入れていたし、サンデーもあっという間に食べてしまったので、彼女はかなりの甘党なのだろう。“今度ケーキが美味しい店にでも連れて行ったら喜ぶかな”と僕は考えていた。
「甘いもの、好きなんだね」
「うん!ないと生きてけない!」
彼女はそう言いながら、チョコレートソースの掛かったバナナを食べていた。僕は、マスターこだわりの分厚い食パンのピザトーストを食べて、おなかをいっぱいにした。
作品名:「さよならを言うために」1~5話 作家名:桐生甘太郎