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狐鬼 第一章

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今の彼女にとって此れ程、興覚めする展開はない

当然、無性に腹が立った彼女は
喉元に置かれた鎌爪に手を掛けるや否や、思い切り押し退けた

其の腕を容易く、押し退けられた事に
何の疑問も抱かない彼女が直ぐ様、起き上がり食って掛かる

「私、何の為に此処に来たと思う?!」

豹変ともいえる、其の態度に片眉を上げるも
「知るか」と白狐が吐き捨てる前に彼女が一気に捲し立てた

「彼に会いたかったから!」

彼の声が
彼の笑顔が忘れられなかったから

「会いに来たのに!」

「凄く嬉しい」と言ってくれた、彼の笑顔が忘れられない

「なのに、殺されかけた!」

信じたくないが、其れが現実だ

跡形もなく消えた、生け垣
立ち昇る、薄細い白煙が物語っている

「助けてくれたのに!」
「助けてくれたのに私を、殺すの?!」

膝を突き合わせる彼女が、がくっと頭を垂れた

「訳が分からない」

吐き捨て、ゆっくりと瞼を閉じる
其の瞼の裏側に巫女の姿が浮かぶ

「君は僕のモノ」と巫女に囁く、彼
「巫女、唯一人」と言い切る目の前の、白狐

其の巫女の、お人形のような愛らしさに唇を噛み締める

「私は死んでもいい、人間なの?!」

此れは醜い嫉妬だ
だが、噴き出した感情は如何にも止められない

「彼の屋敷に案内しろ?」
「巫女を連れ戻しに行く為に?」

何も可笑しくない
何も可笑しくないのに唇が、笑みで歪む

醜い笑みだ

「彼の側にいるのに、何が不満な訳?!」

自分は愛でられない
自分は愛でたくても愛でられない

項垂れる手元に触れる、着物を握り締める
透かさず、白狐が言う

「鬼だ」

刹那、激しく頭を振り乱す彼女が
手元の着物を白狐目掛け、片っ端から投げ付ける

「違う!、違う違う!」
「喩え、そうでも彼は優しかった、優しかったの!」

全ては過去形だ

投げ付けられる着物をなすがままに受け止める白狐の眼の前
閃(ひらめ)く布の隙間から腕が伸びる

着流しの衿に飛び掛かる彼女に一瞬、其の身を引くも受け止める
目を見開く彼女が瞬ぎ一つせず、白狐を見詰めた

「鬼でも構わない」

全ては過去形だが
全ては失われた訳じゃない

「だから」

彼女同様、彼女の藍媚茶色の目を見詰める白狐が
彼女の、次の言葉を拒絶するかのように翡翠色の眼を伏せる

「私を彼の側に、いさせて」

其れが「願い事」だ
戯れ言だろうが世迷い言だろうが聞き入れてくれるのだろう

だが、肝心の白狐は眼を伏せたまま何も答えない

彼女の呼吸が途切れ途切れになる
着流しの衿を掴む手が震えて如何にもならない

もう駄目だ
もう此処にはいられない

彼女の感情を余所に白狐が其の腕を掴む

必死で身を捩り抵抗するも
彼女の腕を掴む、白狐の腕はびくともしない

何とも憎たらしい狐だ

苦苦しく、顔を歪める彼女は
「もう一度、其の毛を毟ってやろうか」等と少なくも考える

其の手を緩める気が更更ない、白狐を睨む

「何故」

彼女の目を見詰め返す白狐が、朗朗と問い掛ける
翡翠色の眼を深く覗けば、透ける眼の奥に映り込む自分の目と合う

「何故、一人で泣く?」
「何故、一緒では駄目なんだ?」

「一緒でも、いいだろう」

途端、盛大にしゃくり上げる彼女が其の着流しの胸元へと頽れる

此の狐は
何処へ逃げたとしても
何処へでも追い掛けて来るのだろう

なら、終わりにするのがいいんだ

そうだ
終わりにすれば良かった
終わりにすれば気付く事もなかった

彼の世界に自分は何の価値もない、と気付く事もなかった

作品名:狐鬼 第一章 作家名:七星瓢虫