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狐鬼 第一章

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「俺の巫女になってくれ」

唐突の、白狐の言葉に意味が分からず
思考停止する彼女を余所にお構いなしに続ける

「今のままでは俺は此処から出られない」

巫女付きの神狐は
巫女無しでは何処へも行けない

それでも巫女が望めば今直ぐにでも飛んで行けるのに
ひばりは頑なに拒んだままだ

そして巫女落ちすれば
俺は此の社を守るだけの、唯の神狐だ

一旦、ひばりへの関心を断ち切る
そうして仮初の巫女を迎え入れるしかない

「時間が惜しい」

此の娘に自分達の事を彼是、述べる必要等ない

故に思う存分、泣かせた筈だ
故に辛抱強く待った、其の褒美を頂く

「俺をあの、三眼(みつめ)の所へ連れて行って欲しい」

漠然と話しを聞いていた彼女だったが
白狐の「三眼」発言に、彼の額に蠢く不気味な眼球を思い出す

黒光りの閃光が視界を覆った瞬間、彼女が叫ぶ

「嫌!」

頭を振り、後退る彼女の肩を掴む
白狐が引き寄せ懇願する

「入口迄で、いい」

其の言葉に彼女が目を細めた

入口?
何の、入口?

屋敷を覆う森
漆黒の闇へと続く森
何処迄も限りなく、異様に感じたのは間違いではなかった

二度と近付きたくない

眼を見張る白狐の視線に顔を背ける彼女が必死で身動ぐ

「無理です」
「ごめんなさい」

「どうか、他の人に頼んで…」

刹那、掴まれた両肩に痛みが走る
声を上げ、身を竦める彼女を覗き込む白狐が抑えた声で言う

「生憎」
「此処にいるのは俺と、あんただけだ」

突き飛ばすように彼女を解放する白狐がゆらりと立ち上がる
そうして背にした、襖の引手に手を掛けた

「後は」

ゆっくりと、隣接する和室の襖を引いていく

覗いた襖の向こう
壁も天井も血塗れの、其の光景に彼女は言葉もなく息を呑む

「痛みすら感じない、屍があるだけだ」

手を返す白狐が襖を勢い良く閉める
戸枠と搗ち合い、響き渡る音に彼女の身体が跳び上がる

「俺の言っている意味、分かるか?」

身を屈め、覆い被さり彼女を見下ろす
白狐の翡翠色の眼が硝子玉のように鈍く、光る

其の視線を受けて改めて思う
目の前の白狐が彼同様、人間ではない事を

身を引く彼女に手を伸ばす
白狐の腕を咄嗟に薙ぎ払い、何とか立ち上がる

油断したのか、畳の上に手を突く白狐が俯く
爪を立てる指先が、白い

「本当に、ごめんなさい」

自分には謝る事しか出来ない

「すぐにおいとまします」
「ほんとうにありがとうございました」
「それではしつれいします」
「はい」

息継ぎもせず棒読みで言い切った彼女は外縁へと飛び出す

荷物も無く
所持金も無いが命より大事な物等、ない筈だ
言葉の綾ではなく本気でそう、感じている

右か、左か
こんな時に迷った彼女に俯いたままの白狐が小さく、吐く

其の声は床を這い、彼女の足元から身体を伝う
そして否応なしに鼓膜へと侵入する

「願い事を、言え」

作品名:狐鬼 第一章 作家名:七星瓢虫