狐鬼 第一章
田舎町の最寄り駅は木造の無人駅だ
駅構内の荒ら屋如き待合室、木製の長椅子に腰掛けるも
大分、時間が経った今も電車処か人の出入りもない
百も承知だし、彼女は気長に待つしかない
気が抜けたように木製の長椅子に凭れる
彼女の耳に懐かしい音楽が届く
徐に線路を挟んだ、柵の向こうに覗く一般道路を見遣る
駅を出た、直ぐの横断歩道の信号機が流す
視覚障害者を誘導する音響信号が童歌の「通りゃんせ」を奏でる
自分が子どもの頃
何処も彼処も音楽が流れたが
様様な理由から今は「ピコピコ」言う、擬音式に一本化したらしい
此処は全国98%の、残りの2%に当て嵌まるのか
そんな雑学を思い出しながら、彼女は音楽に耳を傾ける
行きは良い良い、帰りは怖い
今の彼女の心境、其のものだ
だが、其れも電車に乗り地元に帰れば終わる話だ
あの森からは逃れた
もう何も怖い事等、何もないのだ
無意識に長嘆息を吐く、彼女は
手に持つ硝子風鈴を肩掛け鞄に入れようとするも考え直し
木製の長椅子脇に置いた旅行用鞄を膝の上に抱える
旅行用鞄の前面部分の留め具を滑らすと
畳まれた衣服の間に包み込むように硝子風鈴を仕舞う
後は割らないように気を付けよう
そうして彼女は大きく欠伸をする
長閑だ
長閑過ぎて眠くなる
鄙離る空間で
寝不足から微睡みに身を委ねた瞬間
脳裏に昨夜の白狐の姿が浮かぶ
翡翠色の眼を持つ、白毛の狐
彼は「神狐」と呼んだ
舞台に立ち竦む巫女は「みや狐」と呼んだ
其れが、あの白狐の名前なのか
思うと今度は、物凄い形相の白狐の姿が脳裏に過ぎる
牙を剥き、威嚇する白狐の姿
対面した時の恐怖が否応なしに蘇る、と同時に疑問にも思う
何故、あれ程迄に憤怒したのだろう
抑、あれは自分に向けられた怒りなのだろか
何故?
何故?
堂堂巡りの微睡みから目覚めた時
手近い青空は手遠い夕空に入れ替わっていた
如何やら寝てしまったようだ
そして思いの外、寝過ごしてしまったようだ
しかし寝惚けた頭では事後処理が出来る訳もなく
仕方無く、彼女はゆっくりと伸びをする
途端、膝の上に抱え置いた
旅行用鞄が傾き慌てて押さえたが、旅行用鞄は勿論の事
肩掛け鞄も無事な事に少し戸惑う
中身を確認するも、なくなったモノはなさそうだ
声を掛けられ、起こされなかった事も考えると
若しかしたら人っ子一人、通らなかったのかも知れない
瞬間、突飛な決意が湧き上がる
いざとなれば此処で野宿でも構わない
何気ない、彼の言葉が自身の背中を押す
「そういう行動力、好きだよ」
唇を真一文字に結び、頷く彼女が
旅行用鞄をき抱え木製の長椅子から立ち上がる
目指すは、あの朱い鳥居だ