狐鬼 第一章
「ダカラ 死 ンデヨ」
「スズメモ」
「ヒク 先輩 モ」
「私 ノ 邪魔 ヲスルナラ 死 ンデヨ」
虚ろな目で此方を見詰めたまま、水面を漂う
彼女の身体が小刻みに震え始める
其の姿が苦しみ悶えるように見えた
此れを耐えられるのか
此れを耐えられる訳がない
白狐だって、そうに違いない
「愛 シテルナラ 殺 シテイイ?」
「スズメモ」
「ヒク 先輩 モ」
「愛 シテルカラ 殺 シテ イイデショウ?」
隙魔を受け入れ
操り人形と化した親友の姿に絶望しながらも
其れでも、すずめは向き合う
唯唯、取り戻したい
ちどりを
そして願わくば、たかを取り戻したい
唯唯、其れだけだ
「ちどり、私は間違ってた」
其れが正解なのか
其れが不正解なのか、分からない
彼女の冷えた指先
「私も、死ぬから」
彼女の冷えた声
「いいよ」
「ちどりが一緒なら、いいよ」
私は答えを間違ってた
彼女の、怒涛の馬鹿呼ばわりは当然
だから間違いを訂正させて欲しい
「ちどりは生きて」
全部、私が悪い
「知ってる」
「自分が一番、可哀相だと信じて疑わない人間」
「其れがすずめだよ」
彼の言葉の通りだ
寧ろ此処迄、悲劇の主人公を演じられるのなら言う事はない(笑)
自虐的、とは違う
何処か吹っ切れたように笑う、自分の笑みに釣られたのか
虚ろな目を細める、ちどりが微笑んだ
「もういい」
「もういいよ」
突っ慳貪な其の口調は
確かに以前の彼女のモノで、すずめの胸を熱くする
「私、面倒臭い事は大嫌い」
「ち、ちどり?」
ゆらり、と其の身体を揺らし彼女の、次の言葉を牽制する
「分かってるの」
「思い通りにならない人間を、簡単に消す方法」
「其れなら分かってるの」
「すずめも」
「ひく先輩も」
「たかも大嫌い」
「残念、僕は好きだけど」と、揶揄するように、たかが零す
如何やら彼女の牽制は彼には効かない
「私、三人も消さなくちゃいけないの?」
「当然、貴方も勘定に入っている」
ちどりの辛辣な返しに、たかが吹き出す
為て遣ったり顔を見せる、彼女が頭上を仰ぐ
「だったら、自分を消した方が早いの」
「其れにね」
「ひく先輩を独りになんか、出来ないでしょう」
今の今迄、忘れてた
ひく先輩は疾っくに消してしまったのに
後悔しても、もう遅い
そうして彼女は笑い声を零す
如何にもこうにも耐え切れず、顔を歪めて項垂れる
すずめには見る事は出来なかった
だが、彼には見えた
彼女を虚ろな目で見詰める
ちどりの瞳から一粒の雫が零れ落ちるのが見えた
「ばいばい、すずめ」
咄嗟に顔を上げた彼女が目にした、光景
其れは波影が揺れる水面へと吸い込まれていく、ちどりの姿だった
「何だかんだ言って、友達なんだね」
彼の言葉を最後迄、聞く気はない
彼女は目の前の競技用プール目掛け、跳び込む
既に宵は訪れている
跳び込んだは良いが其処は暗くて、深い
其の姿を追う事も探す事も儘ならない
もっと深く
もっと深く
正直、上下の感覚すら麻痺する
もっと深く
もっと
思うも、身体に絡み付く背後からの腕に強く引っ張られる
丸で吊り上げられた
魚の如く、勢い良く水面から飛び出す
途端、咳き込む彼女を抱え込んだまま
スタート台に凭れる、彼が訊ねる
「何、してるの?」
答える気がないのか
咳き込み、答える事が出来ないのか
再度、跳び込もうとする彼女を更に抱き寄せる
「泳げないだろ?」
そうだ、「カナヅチ」だ
其れの何が悪い
其れでも構わないと、ひく先輩は入部を勧めてくれたのに
「私が教えてあげる」と、ちどりが言ってくれたのに断ったのは誰だ?
そうだ、「カナヅチ」の自分が一番、悪い
「だったら!」
「だったら、たかが助けてよ!」
「!!たかが、ちどりを助けてよ!!」
可笑しな事を口走っている
彼女を、こんな目に合わせているのは彼なのに
そして自分なのに
「無理だよ」
何処迄も優しく、彼が笑う
「残念だよね」
「すずめの友達じゃなければ殺す必要なんか、なかったのに」
言いながら、其の身体を抱き締める
蹲り、噦り上げる彼女の肩に顔を埋める彼が当然のように告げる
「泣く事じゃないだろう?」
「自分が遣った事を遣り返されて泣くなんて滑稽だよ」
「そうでしょう?」
其の声が震えているのは気のせいなのか