狐鬼 第一章
喩え、短くとも
喩え、儚くとも
「彼」を失った日日の思い出が止め処無く、よみがえる
あの日日は何だ
あの日日は何だったんだ
夢か現か幻か
取り戻せるなら取り戻したい
そう、願う自分は救いようのない馬鹿なのか
「答えてよ、たか」
目の前の、ちどりを見ているのか
其れとも別の何かを見ているのか、微動だにしない
軈て、不貞腐れたような口調で彼が答える
「だから協力しているじゃないか」
「、え?」
振り返る彼が、にっこりと笑う
「ひく先輩を差し出した」
「そんな、ちどりに僕は協力しているよ」
差し出した?
言葉にならない
其れでも問わずにはいられない、彼女の眼差しに彼も頷く
「隙魔を受け入れるには条件がある」
瓦礫と化した屋敷、白狐との会話が思い起こされる
事、人間に関しては「触れればいい」という話ではない
隙魔を受け入れる、心の隙間が必要になる
「すずめも知ってるでしょう?」
知らない
知りたくもない、と言うように頭を振る
彼女は水面に浮かぶ、親友の姿を凝視した
「如何して、?」
辛うじて出た言葉に彼が心底、呆れたように吐き捨てる
「彼はずっと、すずめの事が好きだったんだって」
好きでもない、ちどりと付き合って
其れでも好きな、すずめの側にいたいと思う神経が分からない
「すずめの事が」
彼の言葉は
周波数のズレた無線の如く、歪んで彼女の耳に届く
其の周波数を同調するように
白狐の言葉が頭の中を鮮明に駆け抜ける
「彼奴は邪だ」
「すずめに対して」
「彼奴は邪だ」
「ちどりに対して」
最後の言葉は誰が言った
最後の言葉は自分自身が言った
「嘘」
彼女の声に、ぎこちなくも反応する
ちどりの虚ろな目が未だ囚われたままの、巫女の目と重なる
「嘘 ダッタラ 私 ハ 嬉 シイ」
丸で腹話術人形が其の顎を打ち鳴らすような
耳障りな音を立てて、ちどりが喋る
「嘘 ダッタラ」
「嘘 ダッタラ」
「嘘 ダッタラ」
繰り返す、栗色の引き詰め髪を鷲掴む
ちどりが突如、高笑う
「!!私 ハ 愛 サレテ ナンカ イナカッタ!!」
そうして気が狂ったように笑い続ける、彼女を眺める
彼が小さく溜息を吐く
隙魔を受け入れた人間は大抵、こうなる
其の存在が薄れる迄、「魔」に支配される、人形
軈ては全てを忘れて唯唯、暴欲を繰り返す「鬼」と化す
誰得なんだ?
少なくとも自分にとっての得ではない
上も下もない漆黒の中
僅かな光が射し込む箱庭のように存在する、部屋
天蓋付き寝台に横たわる
あの巫女は操り人形にならない為に、何と戦っているんだか
意識せずとも口元が歪む
そりゃあ、そうだ
誰だって「鬼」になんか、なりたくはない
人間に生まれてきた以上
人間として生きて
人間として死にたいもんだ