狐鬼 第一章
「狐を置いてくるなんて死にたいの?」
物騒な言葉を朗らかに言えるのは才能なのか?
そして「死」に直面すると自分は変な方向に冷静になる
故に現実逃避の悪い癖で
取り敢えず彼の質問に答える努力をした
「は、「花」組織委員会が」
此処迄、言って口籠る
「花」委員会の事は当校女子生徒以外、他言無用だ
彼女の説明に彼は思い当たる節があるのか
薄い笑みを浮かべる
「ああ、僕の周りにも来てたね」
そうだった
彼は「花」組織委員会の存在を知っていた
其の上で自分の「花」情報を偽り操作していたんだった
合点がいく
彼女を余所に膝を抱えて屈み込む彼が訊ねた
「其れで?」
「姿を目撃された狐が「花」候補になったんだよね?」
其の通りだが、何故?
「厄介だよね」
「厄介事に巻き込まれるくらいなら情報を与えたいけど」
「残念な事に其の情報が無いもんね」
顔を向ける、微笑む彼の目が糸目になる
彼は如何やって取り繕ったのだろうか
此処にはない過去は如何やって取り繕ったのだろうか
訊ねた所で自分には真似出来ない所行だ
「僕が適当に流そうか?」
何故?
何故?、問うような彼女の眼差しを受けて彼は頷く
「知ってる」
「僕にも「眼」はある」
自身の額に存在する「眼」を揶揄する
そうだろう
彼には「眼」がある
寧ろ、其の「眼」は彼にしかない
だが彼女は彼の「知ってる」の意味が今一、分からなかった
其の「眼」で見ていた?
彼女は当然、気付かなかった
白狐は当然、気付いていたのだろうか
気付いていない筈だ
動揺を隠せない彼女の事等、お構いなしなのか
抱える膝の上、組んだ腕に顎先を埋める彼が続ける
「如何でも良いけど」
「否(いや)、如何でも良くないか」
直ぐ様、吐いた言葉を打ち消す彼は葛藤しているのかも知れない
如何でも良いと言えば如何でも良い
如何でも良くないと言えば如何でも良くない
唯、此れから遣る事に自分は耐えられるのだろうか
唯、此れから遣る事に「人間」の自分は耐えられるのだろうか
其れだけだ
「阿煙は」
其の名前を口にするのも辛いのに誰一人、気にも留めてくれない
そんなのは許さない
そんなのは許せない
「幼い僕にとって親代わりのような存在だったんだ」
「代わり」って何だ?
親等、知らない
親等、知りもしない
親、其のモノだ
「其の意味が分かる?」
「其の悲しみが分かる?」
そうして何処迄も優しい声で問い掛ける
「其の代償が「何」か、分かる?」
彼の、言葉が言い終わらぬ内に彼女は叫び出す
「!!止めて!!」
「!!止めて、止めて止めて!!」
「!!お願いだから止めて!!」
競技用プール内に反響する
彼女の声に若干、顔を歪めた彼が徐に立ち上がる
其の、バックプレートに踵を置く
「別に」
「すずめの仕業とは思っていないけど」
「阿煙を消したのは自分だと、そう言ったでしょう?」
鈍感な自分でも先が読める
何処迄も遠く
何処迄も他人事のように、彼の言葉は耳に届く
だが、自分の事だ
頷くしかない
震えながらも頷くしかない
だけど
「、ちどりは、関係ない」
「、ちどりは、たかにとっても友達でしょう?」
「だから、こんな事は止めて」
窓際の一番、後ろの席
机に頬杖を突きながら其の足を組む
そうして彼は始業前の一時を読書に耽る
私は席は彼の隣
彼の影響でもあり親友の、ちどりの薦めもあり
新作の文庫本を片手に自席へと向かう
彼の読書の邪魔をしないよう、静かに通学鞄を置くけど
毎回、気付いた彼が其の整った顔を上げる
そして一旦、本を閉じ笑顔で言うのだ
「負けた」
「其れ、新刊だよね」
何時の間にか
自分の背後に身を隠していた
ちどりが顔を出し、小悪魔的瞬きをして勝ち誇る
「八勝六敗♪」
如何やら、二人は新刊の早読み対決をしていたようで
ちどりから借り受けた、新刊を自分が持っていた事で彼は負けを察したらしい
では今、彼が手にしているのは同じ文庫本なのか
そう思うだけで読む気が湧いてきた、あの頃を思い出す
そう、遠くない思い出だ
「たか、何て言った?」
「ねえ?」
「たか、何て言ったか覚えてる?」