ヒロミと過ごした夏休み
川原の草の繁みに、大の字に仰向けに寝て、空を見上げる。綿菓子のような入道雲があちらこちらにポッカリ浮かんでいる。その空を見ていると、去年の事が走馬灯のように蘇ってくる。ヒロミはどこで何をしているのだろう、今にも、コウジ元気だった、とか言って、スッとここにあらわれるような気がして仕方なかった。
しばらくヒロミのことをボーっと考えていると、去年神社の境内に、十年後の誓いをそれぞれ紙に書き、空きビンに入れ、埋めたことを思い出した。
「十年後に二人で一緒にあけるまで、絶対あけたらダメよ」
と、ヒロミはコウジに念を押して、含み笑いをした。
コウジはそれを今から掘り起こそうと、神社の境内に上った。境内は、蝉時雨が四方八方から降り注いでいる。
少し掘ると、空きビンが元のまま出てきた。コウジは、ドキドキしながら四角に折りたたんであるヒロミの紙片を開いた。
そこには丸い文字で「十年後、コウジのお嫁さんになってあげる ヒロミ」と書いてある。
コウジは、長い間その文字を見続けたまま、音の無い過去の時間の中に、溶け込んでいった。
やがて、ヒロミがこの境内から走り去る、最後の場面が浮かび上がってきた。
この時ヒロミは、コウジが追いかけてくるのを待つように、石段の前で立ち止まり、上半身だけ振り返った。
ヒロミは、手を振りながら、何かを言っている。しかし、コウジにはその声が届かない。
「ヒロミ、ヒロミ、行ったらいかん」
コウジが、叫びながら、慌てて追いかけると、ヒロミはまっすぐ天に向かって、駆け上っていった。
作品名:ヒロミと過ごした夏休み 作家名:忍冬