北へふたり旅 81~85話
北へふたり旅(82) 札幌へ⑦
「遠いですねぇ。札幌は・・・」
乗車から1時間半が過ぎた。
北斗は、噴火湾の最深部にむかって北上している。
みぎの車窓に山。左の車窓にあいかわらずの海がある。
妻が車窓の景色に飽きてきた。
北海道はとにかく広い。おなじ景色ばかりがつづいていく。
最初のうちは風景に歓声をあげていたが、それにも飽きてきた。
内浦湾の最奥・長万部(おしゃまんべ)で北斗が、函館本線と別れる。
函館本線は内陸部へむかいニセコ連峰をこえ小樽へむかう。
長万部を出た北斗は、ここから3回、進路を変える。
室蘭本線に乗り換えた北斗が、ホタテ養殖で有名な噴火湾を南下していく。
室蘭がちかづいてくると海の様子が変化する。
内海から外洋にかわるからだ。
車窓から見えるのは津軽海峡ではなく、外洋の太平洋。
つまり、海のむこうはアメリカということになる。
2回目の進路変更は東室蘭を過ぎてから。
こんどは太平洋に沿い、苫小牧をめざして東へすすむ
苫小牧からようやく内陸部へむかう。ここで3度目の進路変更。
千歳をめざして北上していく。
こんどこそ札幌をめざし、一直線の北上がはじまる。
すすめばすすむほど車窓に原野があらわれる。
手つかずの原野と原生林があらわれる車窓に、妻がうんざりしてきた。
「内地ならどんな土地でも、人工物がある。
それなのに此処はほとんど手つかずの大地ばかり。
広すぎるせいかしら・・・それとも人の数が少なすぎるせいかしら」
「両方だ。たぶん」
「陽が暮れたら住めませんね。こんなとこ」
妻がため息といっしょに吐き捨てる。
「出たね。君の専売特許が」
「なにもない辺鄙なところに住んで、なにが楽しいの。
日が暮れたらネオンもない、真っ暗闇でしょ。
ご近所さんはキタキツネかエゾシカ、ヒグマじゃ楽しくありません」
「しかたないさ。内地と事情が違うんだ、ここは。
長いこと自然の恵みに感謝する民族が住んでいたからね。
北方先住民族のアイヌは、狩猟と漁業と採集で食料を得てきた。
農耕文化の内地とは、暮らし方に根本的な違いがある」
「農地を必要としない生き方が有ったというの?。ここには・・・」
「そうさ。
アイヌの人はいまでも薪や食べ物を手に入れるため森に入るとき、
森の神に、挨拶の祈りを捧げる。
野草やきのこを見つけたときは、すべてを取らず、必要なだけを採種する。
集めたきのこは目の粗いかごに入れる。
歩くたび、胞子が森に散らばるように配慮する」
「素敵な配慮です。
自然を改造して生きるのではなく、共生できる生き方です。
そういえばアイヌの儀式・熊送り(イヨマンテ)は熊の霊を、
天に差し戻す祭りです。
熊も鹿も鮭も狐も鳥も、天上の神国では、人間のように着物を着ている。
家を建てて神語を話し生息している。
下界へ遊びに来る時だけ、熊は我々の見るあのような姿に変装する。
狐や鹿や鮭なども、それぞれあのように変装して人間界へやって来る。
人間へ装束(肉のこと)をみやげに授けて、霊だけが天の国へ帰っていく。
と、金田一京助が書いていたのを思い出しました」
(83)へつづく
作品名:北へふたり旅 81~85話 作家名:落合順平