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薔薇の野心

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「ファン、何を言っているの? 行けますかじゃなくて行かなければダメなのよ、わかっているでしょう?」
「ええ……」
「歴史は勝者が作るものよ、敗者の口は塞げば良いの、ここまでやって負けたらわが党は終わりよ、不正が暴かれたら二度と立ち上がれないくらいの打撃になるわ」
「逆転しましたね……」
「ええ……わかってるわ」
 そしてついに開票率100%となり、僅差でフローレスは現職を押さえた。
「おめでとうございます、副大統領」
 普段から冷静な態度を崩さない、と言うよりも冷酷にすら見えるファンが珍しく頬笑を浮かべてローズに向かって恭しく礼をした。
「ありがとう、でも忙しくなるのはこれからよ、ミスは許されない、あなたも私もよ……」

 想像した通り相手陣営は『グラフの動きがあまりに不自然だ、集計結果の改ざんがあったに違いない』とぶち上げて来た。
 そして集計システムの調査を要求し、フローレス陣営はそれを受け入れたが……。
「これは一体どういうわけだ!」
 システムを調べた現職陣営は色を失った。
 集計システムのソフトは完全に初期化されて真っ白な状態だったのだ。
「こんなことはあり得ない、改ざんがあった証拠だ!」
 相手陣営は怒り狂ったが、ローズは冷静だった。
「集計システムはそちらで用意したものではなかったのですか? 不具合があったならばそちらの落ち度です、こちらに異議を申し立てる様な筋合いのものではありません」
「バカな!」
 相手陣営は歯ぎしりしたが、ローズの言う通りにシステムは与党側の命で選挙管理委員会が用意したものだった、不具合があったとすればそれは与党側の責任になる。
「証拠隠滅だ!」
 当然そう主張するが、ソフトが全くの白紙状態では隠蔽工作の痕跡すら残ってはいない。
「そちら側の隠蔽工作だったのではないですか? そちらが負けた時の」
「そんな操作が出来るくらいならば負けるはずがないだろう?」
「ならば操作に失敗したのでは? そちらにも出来ないことをこちらがやったとでも?」
 ああ言えばこう言う、この手のやり合いで後れを取るローズではない。
 その後も混乱は収まらなかったが、ローズは既に手を打ってあった。
 前大統領支持者の集会に扇動役を紛れ込ませてあったのだ。
 選挙の不正を訴え、怒りの持って行き場所のない群衆を煽れば暴動に発展する、前大統領には身に覚えがなくとも、集会が暴動に発展したと言う事実は覆らない。
 それを機に『どうなっているんだ?』と真偽を測りかねていた国民も革新政権になびいた、もちろん、ローズの息がかかったマスコミもそれを後押しし、フローレスは大統領官邸に足を踏み入れた。

▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽   ▽

「上手く行ったわね」
「ええ、念には念を入れますか?」
「必要ない、今朝病院のガラス窓越しに見舞って来たけど、あの高齢で肺の疾患も抱えてるから到底持たないわ、工作はできるだけシンプルな方が発覚する可能性も小さいものよ」
「なるほど……病院に手を回せばどこから漏れるかわかりませんからね」
「新型ウィルスに感染して死亡……その可能性は誰にでもあるわ、まして大統領ともなればどれだけ予防しても感染の可能性はある、それは誰にも否定できないものね」

 大統領就任から数か月後、フローレスは世界的に猛威を振るっている新型ウィルスに感染して重症となり、集中治療室で懸命な治療を受けているものの、生還はほぼ絶望的な状態に陥っていた。
 大統領は朝食にサラダを摂る習慣がある、ローズは給仕を使ってそのサラダにウィルスを混入させたのだ。
 ウィルスまみれのサラダを毎日食べていれば感染することは確実だが、食器を洗剤で洗い流してしまえば証拠も残らない、まして大統領が使う食器は毎回煮沸消毒までされている、食事から感染した可能性が調べられたとしても証拠は残らない、微量のウィルスが発見されたとしてもウィルスは空気中にも存在する、人為的に持ち込まれたと結論付けることはできない。
 そして大統領ともなれば民衆の前に姿を見せないわけには行かないし、毎日多数の人間と接触する機会は避けられない、感染経路なら食事以外にもいくらもある。

 動かぬ証拠さえ掴まれなければ、あとはどうにでもできる。
 ローズが弁護士時代に培ってきた能力がそれを可能にしている。
 前大統領を官邸から追い出すのにも、いくつもの工作を弄した、どれもある意味見え透いた工作だが物的証拠は残していない。
 いくら前大統領やその支持者たちが陰謀論を唱えようとも証拠を示さない限り司法は取り合わない、そして世論はマスコミが誘導してくれる。
 全てはローズの思惑通りだ。

「シンプルにして完璧な暗殺計画でした」
「暗殺なんて言葉は使って欲しくないわね、大統領は病気で亡くなるのよ、実際そうでしょう?」
「そうですね、そして近いうちに……」
「ええ、あたしが大統領の椅子を手に入れることになる」
「大統領就任、おめでとうございます、計画通りですね」
「まだ少しだけ早いけどね……」
 ローズは満面に笑みを浮かべて言った。
 ほくそ笑みがこぼれてしまうのを隠すには満面の笑みを浮かべてしまうに限る……ロースはそれを知っているのだ。
(後は全てを知っているこの男をどう始末するかだわ……)
 ローズは満面の笑みを崩さずにその手立てを考えていた……。
作品名:薔薇の野心 作家名:ST