「キコちゃんはちょっと小さい」〜完結編〜
「ただいま~」
俺は胸をどきどきさせ、わくわくさせ、そして足取りも軽く家に着いた。玄関にはキコちゃんが出てきてくれていて、ついこの間新しく買ってあげた、人形用の黄色い縞模様のパジャマを着ている。
「おかえりなさいませ!一也さん!早くやりましょう!」
彼女はそう元気よく叫んで、床から25センチくらいの間を、小さな体でぴょんぴょん飛び跳ねた。
「え、えっ!?」
俺は焦った。まだ玄関のドアも閉めていないのに「早くやりましょう」とは、キコちゃんも大胆だなと思った。とりあえず後ろ手にそっとドアを閉めてから、彼女を拾い上げて、顔を近づける。
目の前にはハムスターほどの大きさの女の子が、俺の手の上でにこにこ笑ってくれていた。
俺は今から、“キス”をするのだ。はじめての。まだなかなか心の準備ができていないけど、そんな意気地のないところは彼女には見せられない。緊張していることは態度に出さずに…さり気なく…。
そうは言っても、心臓が痛いくらいにどくどくと鳴っていて、俺の耳にはそれが大きく響いている。だからどうしても、“彼女にも聴こえてしまっているのではないか”と思ってしまう。耳まで熱くて、体が震えそうになる。
もう仕方ない。言い訳や我慢なんてしなければいいんだ。“君が好きだからこんなふうになってしまうんだ”と、俺は言ってやる。世界中に言ってやる。
そんなことを考えながら、俺は、目を閉じた。
そして、キコちゃんの優しい声が聴こえてくる。
「一也さん……“しりとり”」
……ん?
俺が目を開けると、何かを期待して俺の言葉を待っているようなキコちゃんがいた。まさか…。
「キコちゃん…「やりたいこと」ってまさか…」
そう聞くと、キコちゃんはちょっと首を傾げたけど、思い出したようにこう言う。
「あ、“しりとり”です!そうでした、一也さんにはまだ言っていませんでしたね、すみません!でも一也さん!ほら、“しりとり”!“しりとり”ですよ!」
俺は何かおかしいなと思ってキコちゃんに詳しく聞いてみた。すると、彼女は昨日テレビドラマを観て、初めて“しりとり”を知ったのだと話してくれた。確かに俺も、そのとき一緒にテレビを観ていた。そのドラマでカップルが暇つぶしに「しりとり」を始めるシーンに、キコちゃんは何かいたく感銘を受けたらしい。そしてどうやら、“「しりとり」はカップルがやるものだ”と思っているようだった。
俺は思い切り脱力した。それから、やり場のない残念さやもどかしさを背中に隠し、「「しりとり」は誰とでもできるんだよ」とキコちゃんに教えてあげた。
「ゴリラ」
「え、えっと…ラッパ、さっき言いましたよね…あ!ラーメン!…あ。…あー!」
「はいまたキコちゃんの負け」
「どうしてですか〜!」
「ふふふ」
その晩は眠るまでの間、俺たちはしりとりをした。
作品名:「キコちゃんはちょっと小さい」〜完結編〜 作家名:桐生甘太郎