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オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
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Solid contact

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― 現在 ―

 たった数時間の間に、何度『お久しぶりです』と言ったのだろう。六年ぶりに、懐かしい面々と顔を合わせている。大学時代の友人、お世話になった教授、そしてバレーボールの顧問。社会人になって、わたしが置き去りにしてきたもの。一部は欠けて、見知らぬものが足されたりしているけど、ほとんどは覚えていた通りだった。ゼミで一緒だった高地くんは、相変わらず左手で不器用にボールペンを持っていたし、志和さんは眼鏡のフレームが変わっただけで、あとはほとんど学生時代から変わっていない。彼女は、母校で高校生に英語を教えている。
 顧問が定年退職することになり、それがきっかけで縁の深い面々が集まったのだけど、大学内に設けられた『特設会場』は、表に大きく張り紙をしているわけでもなく、このご時世だとなんだか悪いことでもしているようだ。高地くんは妙に真面目な性格もそのままで、マスクを外しては食べ、またつけては話すということを繰り返している。わたしはマスクを外すのが面倒で、ほとんど料理に手をつけていない。高地くんがマスクを着けて、鼻の頭をぽんと触って位置を調節した後、言った。
「社会人になってから、バレーやってる?」
「いや、普通に営業だよ」
 わたしはそう答えて、笑った。高地くんからすれば、わたしは背番号二番の『春芽選手』。今は、営業本部二課の『春芽京佳 マーケティング係』。大学での活躍を知っている人もいて、何度か昔取った杵柄を披露したこともあるけど、今は無縁だ。ただ、身長が百七十センチあるから、どんなスポーツをしていたか、初見で当てられることは多々ある。昔は下手な苦笑いで場を凍らせていたけど、今は相手に好印象を持ってもらえるよう、歯を見せて笑うことができる。
「来年、三十歳だね」
 わたしが言うと、高地くんは眉をハの字に曲げた。
「節目だなー、おれ何にもしてないわ。春芽みたいに、スポーツに打ち込んでたわけでもないし」
「あまり大きな声で言えないけどさ、大学出て仕事始めたら、なんであんなに一生懸命練習してたのか、よく分からなくなっちゃったよ。高地くんみたいに、大学生活をエンジョイしたかったな」
「お互い、ないものねだりだな。今のは、矢田川先輩には聞かせられないね」
 わたしはうなずいた。矢田川先輩と呼ばれているけど、実は同期。ただ、何をさせても先輩に見える、しっかりした人だった。高地くんが事情通なのは、わたしが色々と愚痴って、そのたびにお菓子をもらったり、無理を聞いてドライブに連れて行ってくれたりしたから。今になって考えると、あのまま成り行きで付き合うことがなかったのも不思議だ。
 矢田川家というのは、スポーツを生きがいにしている家で、わたしのように背が高いからなんとなくバレーを始めた人間とは、毛色が違った。矢田川小夜子は、そんな矢田川家のエース。背が何センチになるかも分からない年齢から、ずっとボールを跳ね返して育ってきた。彼女は、それが本名のように、皆から『矢田川先輩』と呼ばれてきた。小夜子ちゃんや、矢田川さんと言った呼び名は、あまり聞いたことがない。彼女の背番号は『一』。バレーボール部のキャプテンだった。続き番号のわたしは、ある意味サブ的な扱いだったけど、明確に役割は与えられていなかった。今になって、他の大学生活をうらやましく思えるぐらいには、厳しい人だったと思う。過去形にふさわしく、この会場に矢田川先輩の姿はない。連絡は取ったらしいけど、来なかった。
「六年ぶりに来たけどさ、ジャンガリアンいたぜ」
 高地くんは、当時の話になると、かならず『ジャンガリアン』を持ち出す。あのかわいいハムスターではなくて、大学の守衛兼用務員だ。高地くんは、ガラス張りの建物の前に車を停めて怒られ、逆切れして突き飛ばしたことで退学寸前まで揉めた。
「口元、もごもご動いてた?」
 わたしは、当時の顔を思い出しながら言った。黙っていても、常に胃の底から文句が沸き上がっているように、口元が動いている。丸くて小柄なのもあって、その様子がハムスターにそっくりだから、ジャンガリアンにはかわいそうだけど、そう呼ばせてもらっていた。命名したのは、たまに核心をぐさりと突く志和さん。高地くんは、会場のどこかにジャンガリアンがいるかのように、首をぐるりと回した。
「正義の味方って感じがしたね。これだって会食だからな。内心、ブチ切れてる可能性だってあるよ」
「ずっとあだ名で呼んでて、本名忘れちゃった」
 わたしが言うと、高地くんは一秒も忘れたことがないように、言った。
「庄内だね」
 今となっては、『ジャンガリアン』と呼ぶのは、少し恥ずかしい感じがする。当時は、お腹が痛くなるぐらいに、げらげら笑ったのに。あまり笑わない志和さんですら、笑いすぎて眼鏡が鼻の頭までずり下がっていた。
 高地くんが教授に話しかけられ、ネクタイの位置を微調整しながら立ち上がると、わたしに一瞬だけ笑顔を向けた。その背中を見送っていると、大学時代を思い出す。『また明日な、無理すんなよ』と言って、無造作に停められた車に歩いていくその背中には、わたしのこぼした愚痴が一杯に載っていて、重そうに見えるときもあった。それでも、わたしは高地くんに放つ愚痴を『厳選』していたと思う。
 わたしが、自分の手でメダルとトロフィーを受け取ったのは、大学二年生のとき。会場のまぶしい光と、拍手やカメラのフラッシュ音の洪水を一身に受けた。ただ、背番号『一番』は、そのときにはすでに欠番だった。
     
     
― 六年前 ―
 
 わたしは、試合に何も賭けていないらしい。それが、矢田川先輩からのアドバイスで、精神論を嫌う人間からそんな言葉が飛び出すこと自体が、信じられなかった。ただ決められたポジションで、機械のようにトスを上げるだけの存在。続いたのは、『あんたは、肝心なときにボールしか見てない』という言葉。数日経つけど、頭の中の大半をその言葉が占めている。
 志和さんがホットプレートのお好み焼きをひっくり返したとき、はぐれていた具材のタコが押し出されて、高地くんの手の上に落ちた。
「あちち、これ、焼けてる?」
「うん。食べていーよ」
 志和さんは眼鏡をずり上げると、ゼミの部屋で突然始まったお好み焼きパーティの進行役らしく、慣れた手つきでホットプレートの温度を調節しながら言った。
「京ちゃん、青のり食べるっけ?」
 わたしはうなずいて、三人分のコップを並べていった。まだ夕方五時で、今日はお酒なし。試合が近いわたしのことを気遣ってか、二人ともどこか健康モードだ。この三人が寄れば、いつもなら高地くんが駅前の居酒屋に行こうと言い出す。わたしがお茶を注いでいると、志和さんは言った。
「練習、大変なの?」
「うん、まあね。やることなくなってきて、精神論に入ってきてる感じ」
 わたしはそう言って、高地くんに言った。
「台拭き、持ってきてほしいな。それができるのは、高地くん以外にいないよ」
「そうか、おれしかいないか。じゃあ、引き受けるとするか」
 高地くんが部屋から給湯室に歩いていったとき、部屋から音がひとつ減って、少しだけ静かになった。志和さんは言った。
作品名:Solid contact 作家名:オオサカタロウ