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桐生甘太郎
桐生甘太郎
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「キコちゃんはちょっと小さい」〜告白編〜

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8話目 「キコちゃんのチカラ・2!」





学校は勉強をするところである。まあ二次的なものとして、社会の中でどう振舞えば他人に迷惑を掛けずに済むか、ということなども学ぶのだけど。俺は面倒なので、二次的な方のものとしては、「ほとんどまったく関わらない」という手法を採っている。それでも本当にまったく関わらないことはできないので、挨拶くらいはしていた。しかし、最近それに変化が出てきた。

「あ、ごめん。おはよう」

朝、俺は教室に着いて出入り口をすり抜ける時、ぶつかりそうになった女子生徒にちょっと謝ってから、朝の挨拶をした。

「あ、おはよう…」

その子はなぜかちょっとびっくりしていたけど、俺に挨拶を返してくれた。俺は席に就いて、教科書を引っ張り出す。そろそろテスト期間なので少しは頑張らないとなと思い、それからその日は、大体自分の席で勉強をしていた。

俺は家に帰ったあとはバイトまでごろごろと寝転んで過ごしたいので、勉強は学校ですることが多い。さすがにテスト前は少しくらい家でもやるけど。



「あの、児ノ原君…」

「はい?」

あとはホームルームが終われば帰れる頃だった。俺がその時間も勉強をしていると、女子生徒が声を掛けてきた。その子は、今朝挨拶をした子だった。同年代と、仕事場以外で挨拶をしたのは久しぶりだったから、俺も少しは覚えていた。えーっと。この子は何さんだったかな。…よく覚えてないや。まあいいか。

「いつも勉強してるよね」

「まあ、家でできないから…」

「え、家で勉強できないの?」

「学校のあとはバイトしてるんだ」

「えっ?そうなんだぁ」

その女子生徒はびっくりして、「毎日バイト?」とか、「大変だね」なんて言っていた。それから、チャイムが鳴る前に、「児ノ原君、普段全然挨拶とかしないから、今朝はびっくりした」と言い置いて、席に戻って行った。

そうだったかな。挨拶はたまにはしていたつもりだったけど。俺、やっぱり目立たないのかな。まあいいか。

そう思ってから俺は、教科書だのなんだのを鞄にしまって、すぐに帰れる態勢を整えた。



「…てなわけで、来週から期末考査が始まる。各人、持てる力で頑張っていきましょー」

うちのクラスを担当している東先生は、やる気がないように見えるところが売りのような先生である。まあ確かに、先生だけ妙に張り切られても生徒は疲れるし、ついていけない。東先生は、ほどよく力が抜けていて、それでいて有言実行の男だった。それだからか、不思議な求心力で生徒からはけっこう人気がある。

ホームルームが終わって俺が帰ろうとしていると、東先生が俺の席に近寄って来た。

「おい、児ノ原」

「はい?」

「お前、バイトの方、どうだ?」

東先生は背が高い。見下ろされるとけっこうな迫力があるんだけど、気の抜けた先生の表情からは、威圧感は感じなかった。先生は短く刈り込んだ頭をなんとなく体と一緒に揺らしながら、もたつく足をおさめようとでもするように、足踏みみたいに膝を動かしていた。

「うーんと、いつも通りですよ」

「そうか。まあ無理すんなよ。テストもあるし」

「はい、ありがとうございます」

そこで東先生はなぜかびっくりしたような顔をして、何かをもうひと口言いたそうだった。でも、俺はとりあえず家に帰ってキコちゃんの様子を早く確かめたかったので、「じゃ、これで失礼します」と言って、教室を抜け出た。



「ただいま~」

「一也さん、おかえりなさいませ~!」

キコちゃんはミニベッドを降りて、布団の上をうんしょうんしょと渡ろうとしていた。キコちゃんにとっては分厚い布団はかなり足が取られるのか、なかなか進めないようだったので、俺はキコちゃんを拾い上げる。彼女を手のひらに乗せて目の前に連れてきてから、もう一度ただいまを言った。

「えへへ、“がっこう”おつかれさまです!」

「ありがと。ごはんにしよっか」

「おなかすきました~」

「うんうん」

俺たちはテレビを観ながら食事をして、俺は「バイトだるいな~」とちょっと憂鬱な気分を抱えていた。テストの2日前くらいからはちょっと勉強もしたいし、これから一週間は先週より疲れるだろうなと思って、気分が重い。

「どうしたんですか?一也さん…」

見ると、俺の不安そうな顔に気づいたのか、キコちゃんがこちらを見上げていた。俺が“がっこう”には“テスト”というとても大変なものがあること、そして、その間も仕事は変わらずにあることを話すと、キコちゃんもちょっと切羽詰まった顔になり、「それは大変ですね。キコには何かできることないですか?」と聞いてきた。

「大丈夫。俺、キコちゃんがいるだけで頑張れるから」

「ふふ、それはよかったです!」




テスト前日のことだ。俺は学校から帰宅するとすぐに勉強を始め、キコちゃんは俺のノートの端っこに文鎮みたいに座って、「ほー」と興味深げに歴史のノートを覗き込んでいた。そして、俺はしばらく勉強に夢中で気づかなかったけど、しばらく彼女は「う~ん」と唸っているようだった。俺は「やっぱり彼女には難しいかな?」と思い、声を掛ける。

「難しい?」

キコちゃんはぷるぷると首を振った。

「でも、大変そうですね…」

「うん。けっこう難しいよ。あ~事前に出る問題知ってたら楽なんだけどなあ~」

俺が思わずそうこぼすと、キコちゃんはそばにあった赤いペンを重たそうに持ち上げ、急いでいくつかの単語を囲った。

「これです!多分これです!」

「はあ?」

「出ます!覚えましょう!」

キコちゃんは大真面目のようだったけど、「そういうのは学校の先生が決めるんだから、俺たちにはわからないよ」と言い聞かせて、勉強に戻った。キコちゃんは「そうなんですかあ…」と項垂れていた。



翌朝俺は、前日の家での勉強とバイトでくたびれた体を起こし、欠伸をしながらスマホを立ち上げて時計を見た。ふむ、8時32分…。

「…ええっ!?やっべもう完全遅刻だ!テストなのに!ああー!目覚ましセットするの忘れてた!」

「ん~、一也さん、おはようございます…どうしたんですかぁ…?」

キコちゃんが眠そうに俺を見ていたけど、俺は急いで制服に着替え、慌てて学校鞄を引ったくって家を出ようとした。

「遅刻になっちゃったんだ!もう始業の時間も過ぎてる!ああ~もうあと30分早ければ!」

「ええ〜っ!大変です!時間を戻しましょう!」

「できないよそんなこと!ああ〜やばいやばい!」

俺は支度が済むと、もう一度スマホで時計を見て、バスの時刻表を頭に思い浮かべた。せめて、今から一番早いバスの時刻に間に合わせるためだ。

「あ、あれっ?」

時計を見ると、なぜかさっきまでは8時半を過ぎていた時計が、今は7時20分を示している。

「おかしいな、エラーかな?」

俺がちょっと戸惑っていると、キコちゃんは敬礼みたいに頭に手を当て、「いってらっしゃい!」といつものように元気な声を出した。

「あ、うん!とにかく、行ってくるよ!」

「はーい!」