北へふたり旅 76話~80話
北へふたり旅(80) 札幌へ⑤
1万坪あまりの敷地に鮮度の良い海産物をはじめ、農園からの直売品、
衣料や青果、日用雑貨、食料品などの店舗がひしめいている。
その数、250軒。
午前9時。朝市の路地はすでにおおぜいの人でごった返していた。
しかし会話のどこか違和感がある。
よく聞き取れない。なにを話しているのかわからない。
聞こえてくるのは中国語ばかりだ・・・
店員ですら中国語で応対している。
ガタゴトとキャーりバッグを引きずる中国人が、四方八方から
押し寄せてくる。
そんな表現が当てはまるほど、中国人観光客の姿がおおい。
今ここに居る大半が中国人だろう。
そんな気がするほど中国人がおおい。
「函館の朝市は中国人に占領されたのか?」
「オーバーツーリズム。観光公害です」
ジェニファーの旦那、アイルトンが流ちょうな日本語で答えてくれた。
「観光公害?」
「観光客があふれ過ぎたため、市民生活に悪影響が出る。
むかし日本で問題になった公害に例えて、そんな風に表現しています」
「君、日本語が上手だね。なんの仕事しているの?」
「観光業です。
日本へ中国からの観光客を誘致するため、5年前に来日しました。
毎年うなぎ登りで実績が伸びています」
「ではこれは、君がもたらした公害か?」
「とんでもない。わたしひとりでは無理です。
昨年、観光で日本をおとずれた外国人は3000万人。
そのうち中国人は800万人。
ここにいるのはそのうちの、ごく一部です」
「どうりで中国人がおおいはずだ」
「京都では市民がバスに乗れません。
あふれすぎた観光客がバスを占領しているからです。
富士山の麓では観光客が、民家の敷地へ勝手に入り込み問題になりました」
「たしかに深刻だ」
「日本は観光地として人気がありますからねぇ。中国人には」
「そうなのか?」
「中国人が行きたがる1位が、日本です。
近いうえに、どこへ行っても清潔です。
魅力的な文化もたくさん有ります。
2度3度と日本を旅する中国人が増えてきました」
どの路地にも大きな荷物を持った中国人の姿が見える。
そういえば駅の貸しロッカーが、どれも満杯だったことを思い出した。
大きな荷物は邪魔になる。
できれば手ぶらで観光したい。しかし貸しロッカーはどこも満杯。
やむなく大きな荷物を引いたまま、人ごみの中を歩くことになる。
これもまた観光公害のひとつ、と言えるかもしれない・・・
「そろそろ駅へ行きますか?」
アイルトンが携帯を取り出す。
妻とジェニファーは二人で別行動中だ。連絡をとってくれるらしい。
「駅で落ち合うことにしました」
携帯を切ったアイルトンが駅を指さす。
「お酒の肴に、あぶったイカを買ったそうですよ。奥さんが」
酒のサカナにあぶったイカ?。
お酒はぬるめの 燗がいい肴はあぶった イカでいい、
女は無口な ひとがいい 灯りはぼんやり 灯りゃいい・・・
なんだ。八代亜紀の舟歌じゃないか。
(81)へつづく
作品名:北へふたり旅 76話~80話 作家名:落合順平