北へふたり旅 76話~80話
北へふたり旅(76) 札幌へ①
「散歩へ行こうか」
「こんな朝早くから?」
「6時30分から朝食。
かるく身体を動かし、腹を空かせておこう」
5時15分。妻とホテルを出る。すでに表は明るい。
赤レンガの塀に沿い、函館湾へ向かって歩く。
海は見えない。
突き当りに函館市の水産物卸売市場が建っているからだ。
建物の背後から吹いてくる潮風が、海がちかいことを思わせる。
セリの時間がちかいのだろう。ひんぱんに業者の車がやって来る。
函館朝市で出される海鮮丼も、居酒屋で食べる新鮮な刺身やホッケの開きも、
元をたどればここから提供される。
「くびれを歩こう」
「くびれ?。くびれはありません、もう。うふっ」
「むかしはあった。君にもね。
そうじゃない。函館のくびれだ。最短で横断できる路がある」
「そう。細かったの、わたしも昔は。
で、そのくびれを横断する路はどのくらい距離があるの」
「驚くなかれ。わずか1㎞」
「1㎞!・・・そんなにみじかいの!。函館のくびれは!」
「1キロで、北の函館湾から南の津軽海峡へ抜ける。
スタート地点はここ。
水産市場の前から南へむかう路がはじまる」
「面白そうです」妻が目をほそめたとき、背後から
「ザオ シャーン ハオ(おはようございます)。ニー ハオ マ?(元気?)」
の声が飛んできた。聞き覚えのある声だ。
「ズゥオ ティエン シエ シエ(昨日はどうも)」
笑顔の主は、昨日電車の中で行きあった中国のご婦人だ。
妻は最上階の湯舟の中で再会している。
「びっくりしました。おはようございます。
あなたもお散歩?」
「シー ザオ チェン ディー ユイン ドーン(朝の運動です)」
「ごいっしょにいかが?。1キロ通りのお散歩」
「1キロ通りのお散歩・・・シー フェイ(是非)。
ニー ハオ(はじめまして)。
レン シ ニー ヘン ガオ シン(あなたと知り合えてうれしいです)。
チャン チャン ティン ウォ タン チー ニー
(あなたのことは奥様から聞いています)」
昨夜のことを思い出す。
いくら待っても妻が風呂から戻ってこないはずだ。
しかし妻はわたしのことを、どんな風に紹介したのだろう。
中国のご婦人がすべて知っています、と満面に笑みをうかべている。
(女のおしゃべりに、国境は関係なさそうだ・・・)
妻と中国のご婦人が肩を寄せてあるきはじめた。
最初の信号が見えてきた。
このあたりにコンクリート造りのおおきな倉庫がいくつも建っている。
実は此処。映画のロケ地として使われたことがある。
土屋太鳳が不良にからまれてケガをするシーンが、ここで撮影された。
倉庫がたちならぶごく普通の通りが、映画では不良たちのたまり場として登場する。
そのすぐさき。地ビールレストラン・はこだてビールがある。
残念ながら店はまだ開いてない。
「ビールですか?・・・呑みたかったですねぇ」
女2人が寄り添って、かたく閉ざされたはこだてビールのドアを、
残念そうな目で見つめている。
(77)へつづく
作品名:北へふたり旅 76話~80話 作家名:落合順平