小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
オオサカタロウ
オオサカタロウ
novelistID. 20912
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

Red eye

INDEX|8ページ/9ページ|

次のページ前のページ
 

 葉月は皮肉めいた笑いを浮かべると、ゆっくりと立ち上がった。家の裏手までの道をすばやく駆け下り、グリースガンを構えた。有坂は高い位置で四五オートを構え、葉月が遊歩道に面したドアをゆっくりと開いた。ガラス戸を静かに開いて、家の中に入ったとき、衣擦れのような音が二階で鳴った。方向からすれば、藤吉が最後にいた場所だ。部屋の電気はすべて落とされていて、このまま二階に上がることは、死刑宣告を意味する。有坂は、二階を動き回る足音に耳を澄ませた。今のところ、足音はひとり分しか鳴っていない。自分なら、車庫に逃げる。ここから立ち去ればいいのだから。有坂はそう考えて、葉月の肩に手を置くと、車庫の方向を指した。車庫に続くドアは廊下にあり、奥側に開くタイプだった。かさばるグリースガンを静かに床へ置き、葉月はシグを抜いた。左手でドアノブを掴んだとき、有坂は後ろを向いたまま、足音に耳を澄ませていた。その目線は、見えない姿をゆっくりと追っていたが、ようやく葉月の方を向いて、うなずいた。葉月は、ドアノブを捻り、左足で蹴り開けた。同時に、防犯アラームがけたたましい音で鳴り響き、開かれたドアの先に、飯山が立っているのが見えた。足音が一気に近づいてきて、有坂は四五オートをまっすぐに構えた。
 葉月と飯山は、同時に引き金を引いた。葉月の放った二発の九ミリが体の中心に穴を開け、飯山は後ずさった。
 目の前に藤吉のシルエットが現れるのと同時に、有坂はフラッシュライトのスイッチを親指で押した。部屋の中が昼間のように明るく照らされ、目が眩んだ藤吉は咄嗟に伏せながら、手に持った拳銃から数発を撃った。その場に伏せた有坂は、椅子の足越しに見える藤吉の頭に向けて、二発を撃った。藤吉の眉間と頬に穴が開き、一発が骨を突き破った。
 葉月は、車庫に下りた。飯山の胸に開いた九ミリの銃創から、呼吸に合わせて血が流れ出していた。有坂は葉月の隣に立ち、目の前で死にかけている飯山に、かつて忠誠を誓った二十年前の『社長』の姿を重ねようとしたが、結局うまくいかずに俯いた。銃創がなくても、今の飯山は、ただ行き場を失った老人だった。有坂は言った。
「おれは、引退したんです」
 飯山は、左手に持ったリモコンで、防犯アラームを止めた。血の混じった唾を吐き、言った。
「……、お前には、不安はなかったか? 誰かがしゃべったら……、それで終わりなんだぞ」
 有坂は、諭すような笑顔を向けた。
「おれには、葉月がいましたから」
 葉月がシグの銃口を上げるのと同時に、有坂は四五オートを構えた。飯山はさらに尊厳を失い、サイト越しに映るただの景色になった。
 二人は、ほとんど同時に引き金を引いた。
       
 暗闇に慣れた目で見るスープラは、ほとんどダメージを受けていなかった。有坂は言った。
「あまりへこんでないな」
「これで逃げなきゃいけないだろ」
 葉月はそう言って笑い、運転席に乗り込んだ。スクラップヤードまでの道を走る間、ひと言も話さなかった。おそらく、知らない道だったからだと、有坂は思った。スクラップヤードを見た瞬間、記憶が決壊したダムのように押し寄せてきて、思わず言った。
「こんなことになるなんてな。さっくり狙撃して、メシでも行くんだと思ってたよ」
「人生、先のことは分からない」
 葉月は笑った。スクラップヤードは、昔は二四時間誰かが常駐していたが、いつしか夜間は無人になった。スープラを停め、ダッシュボードの上に謝礼が入った封筒を置いて運転席から降りると、同じように降りた有坂が、暗闇に眠る廃車の山を眺めながら、呟いた。
「おれたちが使った車は、まだあるかな?」
「さすがにない。いや、待て」
 葉月は、事務所の前に置かれたシートを指差した。
「あれは、あのアリストのシートだ」
「座っていいか?」
「好きにしろ」
 葉月はそう言って、スープラのリアハッチを開けると、中にシグを放り込んだ。有坂はしばらく座っていたが、ふっと笑って立ち上がった。
「運転席のシートだな」
「そうだよ、そのシートに座るのは、おれだ」
 葉月はそう言って、手を差し出した。有坂は、その手を握り返した。四五オートを返せと言いかけた言葉が詰まり、葉月は代わりに言った。
「ファミリアは、事務所の裏だ」
「お前、自由の身だろ? 朝飯でも行かないか?」
「だめだ。七人が死んだんだぞ。おれがひとりで殺したのを入れたら、八人だ。お前はここから一秒でも早く、離れるべきなんだ」
 葉月は、ポケットからキーリングを取り出すと、ファミリアのキーを抜いた。それを受け取った有坂は、言った。
「おれの娘の名前は、彩子っていうんだ」
「いい名前だな。お前がつけたのか?」
「そんな権限、あると思うか?」
 有坂と葉月は、顔を見合わせたまま笑った。葉月は言った。
「その物騒なものを寄越せ」
 四五オートを抜いた有坂は、薬室を空にしたが、それでも名残惜しそうに見つめた。葉月は笑った。
「そいつは、記念品にはならないぞ」
 有坂は弾倉と合わせて、四五オートをスープラのトランクに入れた。ファミリアまで歩いていく中で、葉月の方を一度振り返ると、言った。
「またな」
「楽しかったよ」
 葉月はそう言い、ファミリアのテールライトが見えなくなるまで見送った後、アリストのシートに腰を下ろした。昔からそうだったが、話好きで、尻の長い奴だ。それにしても、飯山がまっすぐ銃を撃てる人間だとは、思わなかった。コートの下に滲んだ血はベルトまで落ちてきている。肺に食らったら、有坂は呼吸のペースで気づいただろう。致命傷には変わりなくても、幸い、銃創は少しだけ下だった。
 有坂と再会して確信したのは、自分の選択が一度も間違ってはいなかったということだった。葉月は、ヘッドレストに頭を預けた。有坂も、詳細までは覚えていないだろう。仕事用の家でワインを飲みながら、『最後の仕事』の打ち合わせをしていた、十五年前のことだ。有坂は妙に感傷的で、ずいぶんとハイペースで飲んでいた。微かな足音は、トイレの中でも聞こえた。そこから入ってきた佐山が、銃口を有坂に向けて、引き金を引いたのも。有坂は飲みすぎていて、自分の力では返り討ちにできなかった。葉月は、佐山の頭に三八口径を向けて引き金を引いたときの、後味の悪さを思い出していた。引退するには、何か酌量の余地がないといけない。例えば、かつての同僚に殺されかけるとか。だからおれは、仕事用の家の場所を佐山に伝えた。『奴はひとりでいるはずだ』とも、念を押すように付け加えたから、有坂以外に誰かがいるのは、想定外だっただろう。
 そして、そのときの努力は実を結び、有坂に十五年の時間を与えた。
 少しだけ浅くなった呼吸に身を任せながら、葉月は空を見上げた。若いころ、自分たちの居場所は、夜にしか用意されていなかった。目を向けなければ、そこにいるかも分からない人間。そんな風に、元々、価値のないところから始まった命だった。そこから、かけがえのない『家族』を生んだのは、有坂だけだった。
作品名:Red eye 作家名:オオサカタロウ