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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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「キコちゃんはちょっと小さい」〜出会い編〜

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6話目「キコちゃんのチカラ」






俺はバイトに通い続けて、もちろんその間学校にも行きながら、連勤の終わりを迎えることができた。キコちゃんも応援してくれていたし、自分を見ていてくれる誰かがいるのはとても力になった。「キコちゃんのためにも頑張らないと」と思ったし。



「はあ~、ただいま~」

「おかえりなさいませ!」

キコちゃんはどうやら敬語で喋るのが好きなようで、挨拶なども一番敬語らしいものを使う。この「おかえりなさいませ」も、テレビドラマでメイド役の女優さんがそう言ったのを観てから、こうなった。

「あー…疲れた…」

俺はそう言いながら、鞄を肩から降ろして布団の上にどさっと寝転んだ。体中がピリピリしているし、立ち仕事だから足がちょっと痛い。このまま寝そうだ。「店長はよく一日中厨房に立つのをやるなあ」、と思った。仕込みもあるし、買い出しもあるんだろうに。俺はバイトだから、19時から1時までだ。自分の店を持つというのも、並大抵の苦労じゃないな。

「おつかれさまです、一也さん!これ!ほら、あげますよ!」

「うん…?」

キコちゃんが枕によじ登って、俺の頬に何かを押しつけてくる。目を開けると、目の前にはこの間キコちゃんにあげた、かじりかけのチョコビスケットがあった。

いや、キコちゃん、それ食べかけじゃん。そうは思ったけど、まあ自分の分を諦めて俺にくれると言うんだから、俺はそうは言わなかった。

「くれるの?」

「はい!美味しいですよ!元気が出ます!」

「うん、ありがとう」

元々小さい30円のチョコビスケットはさらに小さくなっていたけど、やっぱり美味しい。

「ん、うまい」

あー、それにしても。

「金欲しいなあ…」

アルバイトで稼ぐにしても、学生の立場では限界もある。昼間は学校に通っているから働けないし、夜の仕事は給料はいいけど翌朝学校に行くのが辛くてしょうがない。いくら時給1,200円とはいえ、学校との二足の草鞋で6日も経てば、「こんな苦労をしなくてもお金が手に入ったらいいのになあ」と、さすがの俺でも思う。

「かね?ってなんです?」

俺はキコちゃんが不思議そうな顔をしているのを見て、もうどこか夢見心地の気分でうつらうつらしていた。だから俺は、つい現実から逃避する心のままで返事をした。

「んー…たくさんあると、素敵な人生が送れる、魔法の紙だよ…」

「そ、そんなものがあるんですか!一也さんは持ってないんですか…?」

キコちゃんはおろおろと不安げだ。だから俺は、「少しならあるよ」とジーンズのポケットから財布を取り出し、かの高名な細菌学者であり医師でもあった、野口英世先生が描かれたお札を一枚取り出してみせた。

キコちゃんは、自分にとっては布団ほどもある大きさの千円札を、表も裏もしげしげと眺めて、「ほー」と感心している。こんな風に、毎日新しいことばかりに驚くのを見ているのは、やっぱり飽きないなあ。するとキコちゃんはちょっと目をつむり、「うーん」と唸り出した。

「どうしたの?」

そこで彼女は俺を見て、こう聞く。

「たくさんあればいいんですよね?」

キコちゃんはそう言いながら、俺にお札を返してきた。

「う、うん…そうだけど…」

なんでそんなことを確認するのかなとは思った。そのうちにキコちゃんは上に向かって両手を差し上げ、「えいっ!」と叫ぶ。その時、とんでもないことが起きた。


部屋中に、千円札が舞った。何枚あるのかなんてわからなかった。大量過ぎて、目がチカチカするほど、お金が降ってきた。俺は眠気なんか消し飛んで、びっくりして飛び起きる。


「えっ!?マジで!?いや嘘だろ!?」

「素敵な人生です!」

キコちゃんは嬉しそうに飛び跳ねた。俺は信じられなくて、千円札を一枚拾い上げてくまなくそれを調べた。どこもおかしなところなんてない。普通の千円札だ。それからもう一枚、もう一枚と確かめていっても、全部同じ、ちゃんとしたお金だった。

でも、俺はそこでふと何か違和感を感じたので、財布の中に戻しておいた元の千円札と、布団の上に落ちていたものを詳しく見比べる。

やっぱり…。

「キコちゃん…これ、多分通し番号まで全部おんなじだ…」

俺は項垂れた。夢よ、さようなら。多分今、この部屋の中には、通し番号が全部同じお金が大量にあるんだろう。早く燃やしてしまわないと、通貨偽造で俺が逮捕される…。

「とおしばんごう?」

「うん、ここの数字とアルファベット…これは普通、全部のお札で違うんだよ…」

「同じだと困るんですか?」

「うん…同じものは、使っちゃいけないことになってるんだ…」

「そうなんですかあ…」

キコちゃんは残念そうに項垂れたけど、俺はそれを見ていて、申し訳なくなってしまった。


そうだ。キコちゃんに俺の人生の糧を全部お膳立てしてもらうなんて、そんな変な話があるわけがない。俺はさっきまで職場で、俺たち二人の生活を支えるために働いていた。それで満足だったはずじゃないか。だから、むしろこれで良かったんだ。

もしこれで上手くいっていたら、俺は金に目がくらんで、キコちゃんを利用しようとしていたかもしれない。そうなれば俺は、生活の舵を自分では握らず、キコちゃんに寄生して、わがまま放題に生きるようになってしまっていただろう。ああ、怖い。


「大丈夫だよキコちゃん。俺はさ、こうしているのが素敵だと思う」

「そうなんですか?」

「うん。君がそばにいてくれるならね」

「えへ…それなら良かったです」


キコちゃんがもう一度「う~ん、えいっ!」と念じて叫ぶと、お金は姿かたちもなくなった。それにしても、彼女はやっぱり普通じゃない。ほかにも何かできることがあるのかな?

俺は彼女が一体なんなのかまた不思議な気分になったけど、「まあそれはいいか」と、思って目を閉じた。


明日は日曜日。久しぶりに日曜にバイト休みを取れたので、一日寝るぞ。あ、でも、キコちゃんに新しいお菓子を買ってきてあげないと。それに、納豆以外にも好きなものがないか、スーパーでいろいろ買ってみて……


俺はいつの間にか、眠っていた。




つづく