58の幻夢
51.手紙の主
降りしきる雨の音。私の向かいには二人の男女が神妙な顔で座している。
「僕達の結婚を、許してください」
二人は額を割らんばかりの勢いで深々と頭を下げる。
「いや、そんな。困ります。ね、頭を上げて。佐智代さんも」
私は、慌てて二人にそう伝えた。
目の前の男、前野 俊樹君は、私の娘である麻美のかつての婚約者だった。しかし四年前、挙式を目前に娘は事故に遭い、儚くも生涯を終えてしまった。根が誠実な俊樹君は、それ以来
「僕はもう結婚しない。死ぬまで麻美さんとの誓いを守るんだ」
と公言して憚らなかった。
俊樹君は男ぶりもよく引く手数多なだけに、どうせ口だけだろうと私達は思っていた。しかし、彼は三年、四年と頑張り続ける。周囲も、前野の奴見上げたもんだと噂し始める。そんな矢先、俊樹君は娘の親友である香坂 佐智代さんを連れ、律儀にもかつての婚約者の父にまで結婚の承諾を得に来たのだ。
「麻美さんとご両親には大変申し訳ありませんが、何卒お許し下さい」
頭を下げ続ける二人に、私は柔らかく言い聞かせる。
「俊樹君、あなたはまだお若い。無理に麻美に操を立てる必要はありませんよ。それに、お相手が麻美の知己の佐智代さんなら、きっと娘も喜ぶでしょう」
「……」
「さ、頭を上げて楽になさって。麻美の分まで二人で幸せになって下さい」
やっとこさ頭を上げた二人に、私も安堵する。
それから座持ちのため、私は二人の馴れ初めを聞いてみることにした。
「お二人は、麻美の生前から交友があったのですか」
「いえ、知り合ったのは一年ほど前なんですけど、それが不思議なんです」
佐智代さんが、初めて口を開く。
「場所と時間が書かれた差出人不明の手紙が来て、普段なら捨ててしまうんですけど、なぜかそこに行かなきゃって思ったんです。そしたらそこに同じ状況の俊樹さんがいて……」
二人が帰った後、私は障子を開けた。縁側にも激しく打ちつけてくる雨の中、一部分だけぽつんと濡れていない箇所がある。あたかもそこに『何か』がいるかのように。
「これで、よかったのかい?」
私は事故の日以来現れる、この『何か』に問いかけた。衣擦れの音が、返答のように聞こえる。
「大方、あの手紙もお前の仕業だろう。お節介なのは相変わらずだ」
再び衣擦れの音。
「ま、お前がいいならそれでいい。それでいいよ」
気がつくと雨は止んでいた。陽の光が差し込んでくる。
この日を境に『何か』が現れることは二度となかった。