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58の幻夢

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18.宵闇の蝶



 叔父が亡くなった。欠勤が続くため、会社の同僚が家を訪ねたら、布団で冷たくなっていたということだった。

 葬儀の後、世事にかまけていたらいつしか四十九日となり、祖母から形見分けが届いた。送られてきたダンボールを開け、中身をのぞく。そこにあったのは昆虫標本だった。

 叔父は、無口で大人しい人だった。風采の上がらない、みすぼらしい佇まい。人は良さそうだが、どこか気の小ささを感じさせてしまう顔つき。生涯独身で、酒もタバコもギャンブルもやらなかった。格別仕事熱心というわけでもなかったようで、会社でもうだつが上がらなかったと聞いた。
 そんな、傍目には面白くなさそうな人生を歩んだ叔父の、唯一の趣味が昆虫を見る事だった。
 小さい頃、家に入り込んだ巨大な蛾を叩こうとする母を止め、捕らえてずっと眺めていたという話を父から聞いたことがある。お盆や正月に親族が一堂に会したときも、叔父は呑めないことを理由に酒宴から居なくなり、庭で昆虫を見ているのが常だった。大人たちの小難しい話がつまらない幼少の私も、叔父にくっついて一緒に興味深く昆虫を眺めていた。いつしかそれが、親族の集まりでの隠れた恒例行事となっていた。
 形見分けの送り主である祖母も、酒宴になじめないはぐれ者たちのこの密かな娯楽を知っていて標本を送ってくれたのだと思う。だが大人になった今、私は昆虫への興味がすっかり失せてしまっていた。故人と送り主の祖母には申し訳ないが、この標本は私にはもてあましてしまうだろう。
 祖母に連絡を取り、形見分けを処分する意向を話す。残念がってはいたが、重荷になるならいっそ処分した方が故人も喜ぶだろう、とのことだった。しかし、形見分けの品をごみに出すのはやはり気が引ける。手間だが、焚き火をして燃やしてしまおう。

 とっぷりと日が暮れた闇の中、新聞紙や木切れを集めてマッチで火を点ける。燃え広がった火中に、数多の昆虫の、そして叔父の、魂が眠る標本箱をそっと沈めていく。最後の標本を火にくべて、息を吐きながら空を見上げた時だった。

 炎から黄金に光り輝く巨大な蝶が突如飛び立った。蝶は炎を浴びながら神々しい光を放ち宙を舞い昇る。炎から上がる火の粉たちがこぼれ落ちた燐粉のように闇に瞬く。蝶は羽を大きくはためかせて上昇し続け、宵闇の天上に吸い込まれていった。


 叔父さん、わりと良い人生だったのかもなぁ。再び暗闇となった夜空を眺めながら、なぜかそう思った。


作品名:58の幻夢 作家名:六色塔