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58の幻夢

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21.祭りの後



 11月の初日のこと。

「実は、話があって」
「なぁに?」

ピザを齧りながら、向かいの席で受け答えをする少女。

「今日で、会えるのは最後になると思う」
「うん、そっか。残念だけど、なんか事情があるんだね」
「ああ、ガンらしくて。あと半年なんだ」
「へえ。死んじゃうんだ。そうだよね。人間だもんね」

しばしの沈黙の後、ハンバーグにデミグラスソースをかけて少女は呟く。

「あたし、他の子より魔力の消耗が激しくってさ」

ハンバーグを切り分ける。香ばしい匂いがこちらにも届いてくる。

「祭の翌日、いつも帰れなくなっちゃうんだよね」

そう言って、ニンジンにフォークを突き刺した。メインディッシュを取っておくタイプなのは、最初に会った時から変わらない。

「でさ、困ってたら君が話しかけてきて」
「もう40年前だ」
「うん、40年間いつも11月1日に来て、魔力回復のためにご飯を援助してくれた」

少女は一瞬こちらを見て、一言付け足した。

「ま、えっちな事もたくさんされたけどねぇ」

後ろ暗い指摘に思わず俯いてしまう。

「気にしなくていいよ。あたしら魔女がサバトでしている事に比べれば、さ」

平らげたハンバーグのプレートを隅に寄せ、肘をついた。

「てかさ、しばらく君ともしてないし、最後だし、今日してこ?」
「……もう、立たないよ」
「でも、この世でのヤり収めかも。いざとなったらギンギンになるかもだし」
「いや、止めとこう」
「……はーい」

不服そうに返事をしながら、少女はパスタの皿を引き寄せた。

「あーあ、来年からまた神待ちかあ」

ぼやきながら、フォークにパスタを巻きつける。

「魔女も神待ちっていうんだな」
「ん? 人間は悪魔とか言うけど、あたしらが崇めてんのだって神だよ。邪神って言葉だってあるし」
「それもそうか」
「君だって、えっち目的丸出しだったけど、ちゃんと神だったよ」

からかったはずの台詞は、パスタをすすりながら軽く切り返された。

「それにこういう感覚、日本人の方が理解しやすいでしょ。八百万の神なんだし」
「そういうもんかな」
「そうそ。だから若い頃はともかく、今は死ぬ事も前向きに捉えなよ。過去を清算できるんだーってさ。あたしらなんて大昔の魔女狩りの事とか、いまだに引きずってんだから。」

気づいたら、デザートのケーキをつっついている。

「中には、思い出すだけで死にたくなるくらいエグい拷問もあったけどさ。それでも死ねないし」
「……そうなのか」

全てを胃に収めた少女は、水で喉を潤した後、多分敢えてであろう快活な声で言った。

「じゃ、名残惜しいけどあたし行くね。今ならまだホテル行ってもいいよ」
「大丈夫だよ。ありがとう。元気でね」
「うん。君も元気で……ってのは変か、良い余生を送ってね」

その言葉を最後に、ふっと少女は消失した。私は、少女が食べた約6人分の食事代を支払って、店を出る。


 祭りの後の、見上げる事も残り少ないであろう空は、色褪せていたけれどどこまでも青く澄んでいた。


作品名:58の幻夢 作家名:六色塔