58の幻夢
56.ジュース
道に、ジュースのペットボトルが置いてある。オレンジ味の炭酸飲料のようだ。それが一本、ちんまりと道の端に置かれている。
これが、中身が空とか、少し入っているとかならごみだと推測がつく。それなら、マナーのなさを嘆けばよいだけだ。しかし、このジュースは満杯まで入っているようだ。
さらに近づいてみて気づく。驚いたことに、ふたを開けた様子がない。どおりで、満杯まで入っているわけだ。ということは未開封のまま、ここに捨て置かれたのだろうか。持ち主は一体何を考えていたのだろう?
私は歩いてきた方向と反対の側から、改めてジュースを眺める。すると、さらに驚くことを発見する。一枚のふせん紙が貼ってあるのだ。それは風にはためき、「不自由にどうぞ」という文字をさらけ出していた。
不自由にどうぞ? こういう時、書かれている文章は「ご自由にどうぞ」ではないだろうか。購入はしたものの何らかの理由で飲めなくなり、いっそ捨てるくらいなら誰かに譲ろう。そういう意図で「ご自由にどうぞ」という文字を書いたふせんを貼り付け、道端に置いておく。それならわからなくもない。毒入りジュース事件とか昔あったから、あまり推奨されない方法だが、心情的にはよくわかる。
だが、ふせんの文字は「不自由にどうぞ」なのだ。「不」と「ご」はさすがに間違えないだろう。かといって「不自由にどうぞ」では意味が伝わらない。
ふとその時、あることを思い出した。ホラー映画などで、物に触れた瞬間罠が作動し、触れた者は無残な目に遭うというシーンを見たことがある。きっとこれは、体が「不自由」になるような恐ろしい罠が仕掛けられているに違いない。それを、「ご自由にどうぞ」と引っ掛けて「不自由にどうぞ」なのだ。私は、改めてジュースを見つめる。
……素人判断とはいえ、とてもそんな罠が仕掛けられている様子はない。
「うーむ」
腕を組んで考え込む。しかし深まる謎は解けない。次の瞬間。
「はぁー、スッキリした」
近くの公園のトイレからやってきた男性が、おもむろにジュースのボトルをつかみ取る。そしてふたを開け、喉を鳴らして液体を飲み込んでゆく。
「ぷはー」
上機嫌の男性に、私は恐る恐る尋ねた。
「あの、これ……」
「ああ、これ」
男性は答える。
「こうやって意味の分からないことを書いて置いとくと、取られないですむんだ。でも……」
彼はすまなそうに言葉を継いだ。
「たまに考えこむ人が出てきちゃうのが欠点でね」