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ウチのコ、誘拐されました。

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最終章:知らなくて良かった事


京花は、派出所の少し向こうに止まっていた黒塗りの車に乗って帰っていった。運転席には運転手。さっき京花のためにドアも開けていた。
「本当に住む世界が違うよなあ。」
「そうだよなあ。」
走り去る黒い車を見送っていると、ふらりと後ろに渡良部が立った。アレルギー症状は大分マシになっている。
「世界っつうか、人間の種類が違うんだ。」
「……そうですかねえ……。」
人間はみんな同じ人間なのではないだろうか。
微妙に不満そうな武東の表情を読み取ったのか、派出所の中に戻りながら渡良部がはあ、と息を吐いた。
「お前、あの女に惚れたろ。」
「……っ!!!!!」
自分の心の中でさえ、きちんと形にしていなかった自分の感情を、ズバリと言葉に出されて武東はうろたえた。
「そそそ、そんな、こと」
「武東、あの女は、やめとけ。」
「へ?」
冗談ではなく、渡良部の表情は至極真面目だった。
「冗談じゃねえぞ。あの女と関るな。手を出すな。絶対に、だ。」
渡良部がここまで言うとは、只事ではない。ということは、もしや。
本当に“何か”があったのだろうか。
「先輩と、春日部さん、お付き合い、してたんですか?」
「ハァ!?!?!?!?!?」
自分的には、かなり核心に迫った爆弾のつもりだった。だが、渡良部には別のテポドン級の衝撃が走ったようだ。
「ジョーダンじゃねえっ!!」
ガコォン、と勢い余って椅子が倒れた。
「違うんですか?」
「全然違う!!ていうかお前、あの女がトシいくつだか知ってんのか!?」
渡良部の剣幕にたじろぎながら、武東は自分の推測を口にする。
「二十、六・七?」
「馬鹿、あの女もう三十八だ。」
テポドン級の衝撃に襲われたのは、今度は武東の方だった。
サンジュウハチ!?あれで、さんじゅうはち!?あと二年で四十じゃないか!!
「や、でも、そんな、年の差とか」
「大学生の息子がいるぞ。都心の名門エスカレーター私立だ。」
今度の衝撃は、ハルマゲドン並だった。立っていられない。座っていて良かった。
なんだ、この怒濤の精神攻撃は。
「まあ、もう旦那は西向いてるけどな。言ってなかった?」
「聞いてないっす。」
出た声は、自分でも驚くほど泣きそうだった。
「じゃあ先輩は、春日部さんが三十八の元人妻で、大学生の息子がいるから手を出すなって言ったんですかあ?」
武東の為を思って。だがそれでは、渡良部が京花にあのような態度をとっていた説明は付かない。
案の定渡良部は首を横に振った。
「違う。それ位なら俺は人の色恋にガタガタ言わねえよ。」
それでは、そんな理由があるというのか。
「じゃあ、なんで、」
訊かれた渡良部は、なぜか心底不思議そうだった。
「なんでって、お前」
渡良部はサラサラとメモ帳にボールペンで字を書いた。
[ 月下   会 ]
月下会。そう書いてあった。
「月下会じゃないですか。」
「ああ、そうだよ。そんでな、」
続いて更に文字を書き足す。“月下”と“会”との間の空白に、“部”の文字を入れ、代わりに“会”の字をバツで消した。
[ 月下部 ]
「これ、何て読むか分かってるよな?」
武東は、知らなかった。だから、当てずっぽうに読んでみる。
「げっかぶ、ですか?」
武東の答えに首を振って、渡良部は漢字の上にルビを振ってくれた。
[ かすかべ ] と。
月下部=かすかべ ということは。
月下部=かすかべ=春日部=……
春日部 京花ではなくて、月下部 京花……!?
「つまり」
「つまり、あの女は月下会の十三代目姐になるはずだった女、だ。」
天地が音を立てて引っ繰り返った。ハルマゲドンの、更に上があるとは。
「じゃあ、あの黒塗りの運転手」
「アイツは幹部の一人だ。幹部の中じゃダントツに若いが、会長に気に入られて将来の十三代目の右腕なんて呼ばれてやがる。要注意人物だよ。」
社長令嬢と運転手じゃ、なかったんですか。
「言わなかったか?」
聞いてないっす。
だがこれで全てに納得がいった。
渡良部の京花に対する邪険な態度も。――相手がやくざ本家の人間なら、警戒して当然だった。
京花に名前を尋ねた時、少し驚いた顔をしていたのも。――自分の名前を知らない人間がいることが、意外だったのだ。
彼女のちょっと不思議な言動も。――表と裏では流儀が違うのだ。
渡良部に度々発言を止められたのも。――京花に情報を流すのは、敵に情報を流すということだ。
全部全部に合点が行った。
「犯人が月下会じゃなかったんですか?」
「ああ、違うぞ。」
「被害者が、月下会だったんですか?」
「ああ、そうだ。」
「じゃあ、祝は……?」
月下会の人間でなければ、どこの何者だ?
「祝は、月下会と対立してる、鞍馬企画の使いっぱだ。……言ってなかった?」
「聞いてないっす!!」
僅か一分で世界が百八十度姿を変えて、もはや武東の頭はパニック状態を通り超えていた。
春日部、月下部。京花が十三代目姐。極道。猫。祝。三十八、元人妻、大学生の息子。
ていうか、極道の人間が交番に来るなよ!!
呆然と立ち尽くしている武東を、渡良部が、慰めるように肩を叩いてくれた。
「明日非番だろ。……ゆっくり休め。」
「はい……。」
何も言わないでくれるのが、とても嬉しかった。



春は、本当に色々な事が起こる。
楽しい面白い事だけじゃなく、辛い事、悲しい事だって呼び寄せる。出会いに別れ、恋の成就に失恋。
そんななかに、「不思議なこと」というのも付け加えよう。
猫が誘拐されたり、極道の人間が交番に助けを求めたり、人より猫が強かったり。
滅多にあることじゃない。でも、確かに起こりうるもの。それが、不思議なこと。
楽しい事も、悲しい事も、ついでに不思議なことも呑み込んで、今日も春の街は動き出す。

そんな街で、今日もお巡りさんたちは、楽しく一生懸命、街の平和を守っています。


(終幕)