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ウチのコ、誘拐されました。

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第十章:春うらら


「こんにちは、渡良部さん、武東さん。先日は大変お世話になりました。」
事件が起きたのと同じような、良く晴れた暖かい日。京花が再び交番を訪れた。胸には大きな黒猫、黒丸を抱いている。
「いえ、結局お役に立てたのかどうか。ともあれ黒丸君が無事でよかったです。」
お礼の言葉を繰り返す京花に、武東も椅子を勧めてから笑顔で言葉を返した。嬉しそうに微笑む京花は、本当にきれいだ。この人には、やはり笑顔が似合う。
ちなみに渡良部はこの場にはいない。渡良部は京花と、彼女に抱かれた黒丸の姿を見た瞬間に目薬とティッシュを掴んで奥の部屋へと逃げていった。クシャミがひっきりなしに聞こえてくるので、酷い猫アレルギー、というのは、どうやら嘘ではなかったようだ。
そういう訳で渡良部は席を外しており、つまりは、今、武東と京花は二人きりだった。
何に期待するというわけではないが、少しドキドキしてしまうのは仕方のないことだろう。事件を通して知り合うことの出来た、優しい微笑みがよく似合う美人。これきりになんてしたくない。
まだ、もっともっと、会って話をしたい。
「あ、祝……犯人は、逮捕して署に引き渡しました。失敗に終わったとはいえ、誘拐をしたのは事実ですから、取調べを受けて、それ相応の罰を受けることになると思います。」
「ええ……どうしてあんなことをしようと思ったのか、私には理解できないことですけれど。きちんと反省していただければ良いと思います。」
「そうですね……。それにしても、黒丸君。やっと会えましたね。」
「あらそうですわ。写真はお見せしましたけどね。」
初めて実際に会う黒丸は、写真よりも遥かに貫禄があった。体格も思っていた以上に大きく、祝がいいように翻弄されたというのも頷けた。
……それにしても京花はずっと黒丸を抱えていて重くないのだろうか?
「ほら、黒丸。この方が今回とってもお世話になった武東さんなのよ。格好良いわね。」
「!!春日部さんっ、そんな、カッコいいなんて、」
お世辞とは分かっていても心臓が跳びあがった。
――なんか、いい感じじゃないか??
「あら、武東さんはとても素敵ですわ。」
そこまでにしとけー、と向こうの部屋から渡良部の声が聞こえた。それにクスリと笑って、京花は扉の方を見やる。
「黒丸。そちらのお部屋にはね、渡良部さんがいらっしゃるのよ。渡良部さんは、黒丸も知っているわね。」
「先輩、ネコアレルギーなので、出てこられないみたいです。」
「ええ、そのようですわね。」
ふふ、と楽しそうに笑う。まるで花が咲いたようだ。
「渡良部さんにも、今回は大変お世話になって。犯人の指紋を見つけて下さったと聴きました。」
「ああ、そうです。先輩は色々僕をサポートしてくれて。祝が見つけられたのも、先輩のお陰です。」
そうだ。渡良部が脅迫状から指紋を見つけ、山井さんの話から祝を割り出した。渡良部が援護してくれたから、武東は真直ぐに突き進めた。
「犯人……祝さんという方は、」
「ええ、この辺りで動き回っている、チンピラでした。」
主な聴取は、渡良部が担当してくれた。武東だと、多分私情が入る。その辺りを考慮してくれたらしい。武東にとっても、祝にとっても。
それからも少しドタバタして、武東はまだ詳しい話は教えてもらっていない。だが、大雑把に教えてもらった限りは、祝はどこかの組に所属していたそうだ。
つまりは月下会。武東の読みは当たったことになる。
「多分、金と、功績が欲しかったんでしょう。そこは僕の想像ですけれど。」
「……そう、ですか。」
京花が頷いた所で、ガラ、と扉が開いた。
「だからそこまでにしとけって。」
「あ、先輩。」
「あら、渡良部さん。お加減は宜しいんですか?」
「これが良いように見えるか?早く帰れよ。」
片手にティッシュをボックスごと抱えた渡良部の目は真っ赤だった。ハクション、とくしゃみをする。だいぶ辛そうだ。
「先輩、大丈夫ですか?」
「ムリ。だから、はやくかえってもらえ。」
段々鼻声にもなってきた。
「ちょ、先輩。本当に酷いアレルギーなんですね。」
「……本当にお辛そうですから、今日はお暇しますわね。」
少し、名残惜しそうに京花が立ち上がった。黒丸ごと、深く頭を下げる。
「本当に、今回はお世話になりました。無事に黒丸を帰していただけて、ありがとうございました。感謝してもしきれませんわ。」
そしてくるり、と派出所を出て行く。去っていくその背中にどうしても何か言いたくて、武東は思わず叫んでいた。
「また、いつでもいらして下さいね!」
京花の足が止まった。くるりと振り返る。少しの沈黙の後、京花は嬉しそうに頷いた。
「ありがとうございます。武東さん、また、お会いしましょうね。」

また、必ず。武東はしっかりと頷いた。



春は、出会いの季節。別れても、きっとまた会える。
そう、今回起きた事件。一度別れてもまた会えた、一匹と一人みたいに。