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大晦日のすき焼き

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(こんなもんか……)
 俺は部屋を見回した。
 
 今日は大晦日、一応大掃除らしきことを終えたのだ。
 普段は散らかり放題の部屋で過ごしている、布団もほぼ敷きっぱなし、布団にもぐりこんだまま手を伸ばせば必要なものに手が届く、片付いているよりその方が暮らしやすいんだ。
 そもそもアパートには寝に帰るようなもの、休みともなれば昼近くまで布団から這い出すこともない、万年床を決め込んではいてもたまには布団を干したりするが、布団の形に空いた畳に元通りに敷くだけだ。
 だが、さすがに大晦日、明日は元旦だ。
 
 正月……考えようによっては残り一枚となっていたカレンダーがその役目を終えるだけとも言えるが、新しいカレンダーを掛けるとなんとなく改まった気分になるから不思議なものだ、日本人のDNAに刻まれているのかも知れないな。
 ずぼらな俺でも大晦日ともなれば布団を上げて干し、一応部屋を片付けておかなきゃなんて気分になる。
 和室六畳一間に二間の押入、玄関わきの小さなキッチンとトイレ、洗面兼用のユニットバス、それが俺のプライベート世界の全てだが、そんなんでもきちんと片付けようと思うと二、三時間はかかる、毎年毎年面倒だなと思いグダグダと引き延ばすのだが、結局三時ごろになれば動き始める。
 片付けが終わればもう六時、俺は大みそかにはたいてい富〇そばに出かけて行って小カツ丼とそばのセットを食う、やっぱり年越しそばは食っておかないといけないような気がするし、蕎麦だけではやはり物足りない、小カツ丼とそば、量も丁度いい。
 普通のそば屋だとこうはいかない、そばとカツ丼丸々一杯づつだとちょっと量が多いし、そもそも大晦日のそば屋は混んでいて待たされたりする、あとにお客さんがつかえてると思うとなんとなく気が急くのもよろしくない、大晦日の晩飯にしてはちょっと安易な気もするが、結局のところ富〇そばが丁度良いのだ。
 俺はすっかりそのつもりで財布をジーンズのポケットに突っ込み、ジャンパーを引っかけて外に出た。
(だが待てよ……)
 歩きながら考えた、なぜ年越しにそばを食うんだろう……このくらいの疑問ならスマホをチョイチョイといじればすぐにわかるのだが、あいにく富〇そばへ行くだけのつもりだったので炬燵の上に置いたまま出て来てしまった。
(確か……長生きを願って……)
 それはおそらく正しい、記憶にある、しかし、何かもうひとつあったような……。
(今年の運気を繋げるとか……なんかそんな感じだったな……)
 もしそうだとすると、それは有り難くない。
 そんなことを考えながら歩いていると、ふとあることに気が付いた。
 ご多分に漏れず、コロナ禍で受注が減り、ボーナスは出るには出たが『出したよ』と言うアリバイ作りのようなもの、まあ、それでも社長は身を切る思いで出してくれたのだろうから有り難く頂戴したが、懐に寒風が吹きすさぶとまでは言わないまでも隙間風はかなり吹き込んでいる、今年の正月休みは寝正月を決め込むことにしている。
 だとしたら……アパートに食材らしきものはほとんどない、あるのはカップ麺とつまみになりそうな缶詰、それと長い事放置されている白米くらいだ、冷蔵庫にあるものと言えばビールくらい……彼女と呼べるような存在はなく、同僚にも年の近い者はいないからひとり正月なのは毎年のことだが、それでも飯を食いがてら初詣だ、映画だと出かけていたのだが懐に文句を言われそうなのだ。
(よし、決めた、そうしよう……)
 俺は行き先を変更して近所のスーパーへと足を向けた。

 俺の誕生日と言えばすき焼きと決まっていた。
 好物なのだ。
 毎年お袋に『何が良い?』と聞かれて即座に『すき焼き!』と答えていた。
 でも少し色気づいてきた頃『イタリアン』と答えたら山盛りのナポリタンが出て来た、おふくろが知っているイタリア料理らしきものはそれだけだったのだ。
 結局、翌年からはまたすき焼きに戻ったのだが、ホッとする味だった。
 そう、俺は大みそかのご馳走にすき焼きを作ろうと思い立ったのだ。
 ついでに雑煮くらいできる食材を買い込んで、おせちらしきものもちょっと買って帰ろう、それで俺の寝正月はぐっと豊かなものになるはずだ……。

(え~と、すき焼きって何が入っていたっけ…)
 このスーパーには時々来ることはあるのだが、ほとんど料理をしない俺としては用事がある棚は総菜、酒類、インスタント食品、缶詰の棚辺りにられていて、結構まごつく。
(とりあえず牛肉と卵は必須だよな)
 そう考えてカゴに入れる、卵は10個パック、これが俺の冷蔵庫にあると言うのは結構心強いかも知れない。
(野菜は……ネギと春菊だろ……あとシイタケだったかな)
 ネギと春菊は間違いなく入っていたが、シイタケは記憶があいまいだ、多分、その年その年でエノキだったりシメジだったりしていたのかもしれない……俺は味の記憶をたどってエノキをカゴに放り込んだ。
(そうそう、焼き豆腐とシラタキ、これは間違いない)
 俺はそれらをカゴに放り込み、中味を眺めた……何か忘れているかも知れないが、とりあえずこれだけあれば満足できそうだ、これで良しとしよう。
 それから餅、鶏肉、大根、ニンジンを買い込んで、お重っぽい小さなスチロール箱に詰め合わされたおせちを買い込んで……。
(ああ、そうだ、調味料は?)
 すき焼きの割り下の作り方は概ねわかる、小さい頃だがおふくろが作っているのを横で見ていて、案外簡単なんだなと思ったので覚えている。
 確か、しょうゆと酒、みりんが同量で後は砂糖だったはず……さすがに醤油と砂糖くらいはアパートにあるし、料理用じゃないが日本酒もあるはずだ……ビール党なので今年の正月に買い込んだのがまだ残っているはず……しかしあれをすき焼きに使ってしまうと……俺は迷った末に5合瓶の日本酒を選んだ、それとみりんは間違いなくアパートにはない、小ぶりのペットボトルのやつを選び、餅とおせちのパックもカゴに放り込んでレジへと向かった。
「レジ袋はお入り用ですかぁ?」
「あ、お願いします」
「大きいのを一枚でよろしいですね」
「あ、はい」
 最近ではコンビニでも聞かれる、レジ袋を持ち歩くと言う習慣はずっとなかったのでまだ馴染めずにその都度「お願いします」だ……、俺もスーパーで買い物するようになったのだから、そろそろマイバッグを用意しなきゃな……食材を買い込んだだけですっかり『料理ができる男』になったような気分になっていた。

 アパートに戻って、久しく使っていなかった小さな炊飯器に米を入れてしっかり研ぎ、スイッチを入れた、今から料理をするんだと言う気分が盛り上がる。
 一番大きな皿を出して、まず焼き豆腐を……おふくろが掌の上で豆腐を切るのを見てちょっとハラハラしたことを思い出す……しばらく帰ってないなぁ……このコロナ騒動がひと段落したらおやじとお袋の顔を見に帰らないとな……。
 シラタキは……お袋は何か下処理をしてたような憶えがあるが……袋を手に取ると『そのまま使える』の文字、お手軽になったぶん何か情緒のようなものが失われた気もするが、どんな下処理をしていたか思い出せないのだから有り難い。
作品名:大晦日のすき焼き 作家名:ST