ヒコマル参上 マゲーロ3
ヒコマル参上
1章
朝、目覚めるとまず部屋の窓を開け、ぼくは柔らかな日差しをあびながら、花の香りのような芽吹くみどりのようななんともいえない春の匂いを胸いっぱい吸い込んだ。
今日からあきらかに春だな。マゲーロも衣替えしたかな?
ぼくと弟のアキヒコがあるきっかけで友達になったマゲーロは地底で暮らす小さな宇宙人だ。いつもみどり色のカラダでカエルに見間違えるんだけど、冬はさすがに目立ちすぎるから、と茶色の服?皮膚?に変えていた。
庭の木々にこんなふうに明るいみどり色の新芽が出てくると、マゲーロはみどり色でいたほうが目立たなくなってくる。
「マゲーロおはよう、どっかにいるかい?今日はもう春だね」
と小さな声で話しかけ、窓から身を乗り出して見回してみたが、マゲーロはいそうもなかった。窓の外はまだ空気が冷たく肌寒いが、多分花粉も沢山飛んでいて、花粉症のお父さんならくしゃみの一つもして、やたらに窓を開けるな、と怒られそうだ。
でもぼくは空気の匂いをかいで季節の移ろいを感じるのが大好きだ。
春を迎えぼくタカアキは5年生になる。今は春休みだ。
幼稚園も春休みなので弟はまだ布団の中で寝息をたてている。
と思いきや、窓を開けて流れこんできた冷気で目覚めたのか、むっくり体を起こし、「あ、みどりのマゲーロだ」
どうやら早速見つけものらしい。
振り返ると窓枠にみどり色のカエルが座っていた。
「よ、しばらく。元気か?」
マゲーロはそっけなく言う。
「元気だよ。しばらく見なかったけど、忙しかったの?」
「まあな。ちょいとまずいことになってな」
「え、なに?あらたなミッションですか?」
「いや、そういうんじゃなくて。おまえらが出入りしてた穴のあるあの空き地、何か建つらしいんだよね」
2章
あの空き地はどうなってしまうだろう。
マゲーロはしばらくは使えるかもしれないが、時間の問題だといっていた。しかも「また来るよ」とだけ言って、さっさと消えてしまった。
ぼくは朝ご飯を食べながら気になって仕方なかった。
弟も幼稚園が休みで家で二人で騒いでいたらお母さんに
「春休みなんて最悪。ちょっとタカアキ、アキヒコを連れてどこかに遊びに行ってきて頂戴」
と言われた。ちぇっ。兄っていつも子守ばっかりだ。
暖かいのでひさしぶりにマゲーロと最初に出会った例の空き地に行ってみることにした。
行ってみると案の定、あの空き地にはブルドーザーがはいって地ならしをし始めていた。これはまずい。ぼくらはあの空き地しか出入り口を知らない。
「アキヒコ、これはまずいぞ。入れなくなりそうじゃん」
マゲーロは他の出入り口のことを一切教えてくれなかった。そりゃそうだろう。彼らにとっては最重要機密事項に違いない。
建物が建つなら基礎工事で地面を掘り返して、ぼくらの出入り口はもちろんチ
ューブのパイプも相当壊されてしまうだろう。
ここに建物が建つ可能性は当然考えてあるのだろうからすでに撤去してるかもしれない。
見ていても仕方ないので、引き返そうとしたとき、アキヒコがぼくの手をひっぱった。
「ねえ、おにいちゃん、なんか聞こえるよ、犬かな」
そういわれて首を回すと、確かにかすかな「くぅーん、くぅーん」という声が聞こえる。
「行ってみようか」
弟の手をひいて鳴き声のするほうにむかって空き地を回り込むと、やっぱりだ。段ボールに茶色っぽい子犬が入っている。おでこのあたりにちょっとだけ黒い毛があってしかも片側が濃くて変な眉毛みたいだ。
ぼくたちを見て「きゃん」と鳴くと、さかんにしっぽをふっている。
「ねえねえ、つれて帰ろうよ」
アキヒコはすでに子犬を撫でている。
「いやあ、まずいよ。お母さんに戻してこいって言われるよ」
「やだやだ。なついてるもん。ほら」
たしかにアキヒコの手をぺろぺろなめて大歓迎らしい。
「えー、でもお母さんに何て言われてもしらないぞ」
ぼくがどうしよう、と考えてるそばから、弟はもう子犬を抱きかかえ、歩きだしてしまった。
ええ、どうすんだよ。でもなあ確かにかわいいし、犬を飼うのもおもしろそうだなあ、とぼくもちょっと思った。
「はやく帰ろうよ」
と言うや弟は駆け出した。
「おい、ちょっと待て。走ったら危ないよ」
ぼくは慌てて追いかけアキヒコと並び、空地の角を通り過ぎようとして
どしん
と角から出てきた誰かにぶつかった。
「きゃっ」と叫んで転がったのは赤いスカートをはいた女の子だった。アキヒコも立ち止まってびっくりした顔でこっちを向いた。子犬が「きゃんきゃん」と鳴いてしっぽをふっている。
「あ、ごめん」無傷だったぼくがとりあえずあやまると、
「ううん、いいの。その子、飼ってくれるのね、ありがとう」
女の子は立ち上がりスカートをはたきながらながらそう言った。
「えっ、今なんて…」
ぼくは相当まぬけな顔をしていたと思う。だっていきなり言われても事情が飲み込めないよ。
「あのね、その子犬置いたの私なの」
3章
衝撃的な一言にぼくたちは固まったまま突っ立っていた。
「あのね、その子はもらい手がいなかったの。うちで飼ってる犬がね、赤ちゃんを産んだのだけど、うちでは子犬までは飼えないから、もらってくれる人を探してたの。でもね、その子だけ残って。毛並みが変だからペットショップでもいらないっていわれて、お友だちのアヤちゃんが飼うっていうことになったんだけど、今日持っていったら、アヤちゃんのお父さんが急に転勤が決まって犬は飼えないって。だから誰か拾ってくれないかと、あそこにおいて見ていたの」
女の子は一気にまくしたてると、ほーっとため息をついた。
「もしかしてあそこに箱を置いてからずっと見張ってたの?」ぼくが問うと、
女の子はあっさり
「そう」
と答えた。
これはもうぼくたちが飼うしかないって状況?今さら戻せないよね。
「あのさでもさ、まだ決めてないっていうか、お母さんに断らないとだからどうしたものかと…」
ぼくはしどろもどろだった。
「一度拾ったからには、もう親をなんとしてでも説得してよね」
女の子は腕を組んで仁王立ちになりぼくを睨みつけた。
「わかったよ、がんばるから。ところで君のうちはこの近くなの?」
「ちょっと遠いと思う。友達の家に寄った後、ぐるぐる歩き回ったから」
「って、もしかして迷子になったとか?」
「そうともいえるかも」
そんなわけで、ぼくたちは子犬と女の子を連れて家に向かうことになった。
お母さんは最初びっくりしてたけど、事情をあれこれ話すと
「犬の一匹くらい飼ってもいいかなあってこの前お父さんと話してたから、たぶん飼えると思うわ」
意外とすんなり受け入れてくれた。
「ありがとうございますっ」
女の子が涙目になって頭を下げたので、
「あらあら、これじゃあ後に引けないわね。ところであなたのお名前は?それと住所はわかるかしら?」
彼女はミユキちゃんといってぼくと同じ学年だった。
「タカアキと同じ年とは思えないくらいしっかりしてるわ」
とお母さんが言う。
1章
朝、目覚めるとまず部屋の窓を開け、ぼくは柔らかな日差しをあびながら、花の香りのような芽吹くみどりのようななんともいえない春の匂いを胸いっぱい吸い込んだ。
今日からあきらかに春だな。マゲーロも衣替えしたかな?
ぼくと弟のアキヒコがあるきっかけで友達になったマゲーロは地底で暮らす小さな宇宙人だ。いつもみどり色のカラダでカエルに見間違えるんだけど、冬はさすがに目立ちすぎるから、と茶色の服?皮膚?に変えていた。
庭の木々にこんなふうに明るいみどり色の新芽が出てくると、マゲーロはみどり色でいたほうが目立たなくなってくる。
「マゲーロおはよう、どっかにいるかい?今日はもう春だね」
と小さな声で話しかけ、窓から身を乗り出して見回してみたが、マゲーロはいそうもなかった。窓の外はまだ空気が冷たく肌寒いが、多分花粉も沢山飛んでいて、花粉症のお父さんならくしゃみの一つもして、やたらに窓を開けるな、と怒られそうだ。
でもぼくは空気の匂いをかいで季節の移ろいを感じるのが大好きだ。
春を迎えぼくタカアキは5年生になる。今は春休みだ。
幼稚園も春休みなので弟はまだ布団の中で寝息をたてている。
と思いきや、窓を開けて流れこんできた冷気で目覚めたのか、むっくり体を起こし、「あ、みどりのマゲーロだ」
どうやら早速見つけものらしい。
振り返ると窓枠にみどり色のカエルが座っていた。
「よ、しばらく。元気か?」
マゲーロはそっけなく言う。
「元気だよ。しばらく見なかったけど、忙しかったの?」
「まあな。ちょいとまずいことになってな」
「え、なに?あらたなミッションですか?」
「いや、そういうんじゃなくて。おまえらが出入りしてた穴のあるあの空き地、何か建つらしいんだよね」
2章
あの空き地はどうなってしまうだろう。
マゲーロはしばらくは使えるかもしれないが、時間の問題だといっていた。しかも「また来るよ」とだけ言って、さっさと消えてしまった。
ぼくは朝ご飯を食べながら気になって仕方なかった。
弟も幼稚園が休みで家で二人で騒いでいたらお母さんに
「春休みなんて最悪。ちょっとタカアキ、アキヒコを連れてどこかに遊びに行ってきて頂戴」
と言われた。ちぇっ。兄っていつも子守ばっかりだ。
暖かいのでひさしぶりにマゲーロと最初に出会った例の空き地に行ってみることにした。
行ってみると案の定、あの空き地にはブルドーザーがはいって地ならしをし始めていた。これはまずい。ぼくらはあの空き地しか出入り口を知らない。
「アキヒコ、これはまずいぞ。入れなくなりそうじゃん」
マゲーロは他の出入り口のことを一切教えてくれなかった。そりゃそうだろう。彼らにとっては最重要機密事項に違いない。
建物が建つなら基礎工事で地面を掘り返して、ぼくらの出入り口はもちろんチ
ューブのパイプも相当壊されてしまうだろう。
ここに建物が建つ可能性は当然考えてあるのだろうからすでに撤去してるかもしれない。
見ていても仕方ないので、引き返そうとしたとき、アキヒコがぼくの手をひっぱった。
「ねえ、おにいちゃん、なんか聞こえるよ、犬かな」
そういわれて首を回すと、確かにかすかな「くぅーん、くぅーん」という声が聞こえる。
「行ってみようか」
弟の手をひいて鳴き声のするほうにむかって空き地を回り込むと、やっぱりだ。段ボールに茶色っぽい子犬が入っている。おでこのあたりにちょっとだけ黒い毛があってしかも片側が濃くて変な眉毛みたいだ。
ぼくたちを見て「きゃん」と鳴くと、さかんにしっぽをふっている。
「ねえねえ、つれて帰ろうよ」
アキヒコはすでに子犬を撫でている。
「いやあ、まずいよ。お母さんに戻してこいって言われるよ」
「やだやだ。なついてるもん。ほら」
たしかにアキヒコの手をぺろぺろなめて大歓迎らしい。
「えー、でもお母さんに何て言われてもしらないぞ」
ぼくがどうしよう、と考えてるそばから、弟はもう子犬を抱きかかえ、歩きだしてしまった。
ええ、どうすんだよ。でもなあ確かにかわいいし、犬を飼うのもおもしろそうだなあ、とぼくもちょっと思った。
「はやく帰ろうよ」
と言うや弟は駆け出した。
「おい、ちょっと待て。走ったら危ないよ」
ぼくは慌てて追いかけアキヒコと並び、空地の角を通り過ぎようとして
どしん
と角から出てきた誰かにぶつかった。
「きゃっ」と叫んで転がったのは赤いスカートをはいた女の子だった。アキヒコも立ち止まってびっくりした顔でこっちを向いた。子犬が「きゃんきゃん」と鳴いてしっぽをふっている。
「あ、ごめん」無傷だったぼくがとりあえずあやまると、
「ううん、いいの。その子、飼ってくれるのね、ありがとう」
女の子は立ち上がりスカートをはたきながらながらそう言った。
「えっ、今なんて…」
ぼくは相当まぬけな顔をしていたと思う。だっていきなり言われても事情が飲み込めないよ。
「あのね、その子犬置いたの私なの」
3章
衝撃的な一言にぼくたちは固まったまま突っ立っていた。
「あのね、その子はもらい手がいなかったの。うちで飼ってる犬がね、赤ちゃんを産んだのだけど、うちでは子犬までは飼えないから、もらってくれる人を探してたの。でもね、その子だけ残って。毛並みが変だからペットショップでもいらないっていわれて、お友だちのアヤちゃんが飼うっていうことになったんだけど、今日持っていったら、アヤちゃんのお父さんが急に転勤が決まって犬は飼えないって。だから誰か拾ってくれないかと、あそこにおいて見ていたの」
女の子は一気にまくしたてると、ほーっとため息をついた。
「もしかしてあそこに箱を置いてからずっと見張ってたの?」ぼくが問うと、
女の子はあっさり
「そう」
と答えた。
これはもうぼくたちが飼うしかないって状況?今さら戻せないよね。
「あのさでもさ、まだ決めてないっていうか、お母さんに断らないとだからどうしたものかと…」
ぼくはしどろもどろだった。
「一度拾ったからには、もう親をなんとしてでも説得してよね」
女の子は腕を組んで仁王立ちになりぼくを睨みつけた。
「わかったよ、がんばるから。ところで君のうちはこの近くなの?」
「ちょっと遠いと思う。友達の家に寄った後、ぐるぐる歩き回ったから」
「って、もしかして迷子になったとか?」
「そうともいえるかも」
そんなわけで、ぼくたちは子犬と女の子を連れて家に向かうことになった。
お母さんは最初びっくりしてたけど、事情をあれこれ話すと
「犬の一匹くらい飼ってもいいかなあってこの前お父さんと話してたから、たぶん飼えると思うわ」
意外とすんなり受け入れてくれた。
「ありがとうございますっ」
女の子が涙目になって頭を下げたので、
「あらあら、これじゃあ後に引けないわね。ところであなたのお名前は?それと住所はわかるかしら?」
彼女はミユキちゃんといってぼくと同じ学年だった。
「タカアキと同じ年とは思えないくらいしっかりしてるわ」
とお母さんが言う。
作品名:ヒコマル参上 マゲーロ3 作家名:鈴木りん