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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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僕の弟、ハルキを探して<第一部>

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僕たちが向かったのは、葛飾警察署からさほど離れていない住宅街のうちの、一軒家だった。


玄関を入る前から、庭に生えた花や草がぼうぼうに伸びてところどころ枯れているのが見えたし、中に踏み入ると庭の飛び石を覆うように雑草が邪魔をした。

警察の人は「奥さん、開けてください。警察です。今朝来た者です」と小さめの声で言い、慎重に玄関の扉をノックした。するとしばらくして扉が開き、女性が現れた。

その女性は前屈みに首を傾け、長い髪を垂らしてこちらを不安そうに見ていた。その様がまるで幽霊のようで、僕はちょっと怖くなった。

「…なんでしょう…」

微かに細い声で彼女はそう返事をして、少しふらついているのか、扉で体を支えるように手をついた。それを警察の人は肩を抱きかかえて、「申し訳ありません。中で座ってお話をしたいことがあります。さあ、座りましょう」と言って、その家の中へ入っていった。

その家は二階建てで、一階には玄関を入って左側にキッチン、右手側には居間があった。僕たちは居間にあるソファに向かい合って座っている。居間には、しんと黙っている大型テレビが壁に寄せられ、反対の壁に、コの字型にソファが置かれていた。僕たちの真ん中にはテーブルがあったが、その上には何も置かれていない。女性はソファに掛けても背を預けることはせず、不安そうに両手を揉んでいた。

「奥さん、もっと楽にしてください」

「できません」

女性はそう冷たく言い放つと、ちらと天井を見た。僕はその時は何も気づかなかったが、一瞬、「カリカリ」という、何かを削るような音が聴こえたような気はした。

しばらくは誰も何も話さなかったが、僕はとにかく、興奮と混乱にくたびれてしまったらしい女性を刺激しないように、やんわりと話を始める。

「今日…居なくなったのは、ご主人ですか?」

女性ははっとして僕を見つめたが、その顔は泣きそうに、そして悔しそうに歪んで、うつむいてから女性は頷いた。そして女性は頻りに手を揉み合わせ始め、ガタガタと震え始めた。

「ほかに、ご家族は…?」

女性はこれ以上話していると泣いてしまいそうだったが、何かに懸命に堪えているようにぶるぶると震えて、こう答えた。


「娘が…口が利けなくなってしまって…それに…」


女性はそこで言葉を切って、自分も何も喋れなくなったように、黙り込んだまま震え続けていた。


そこで警察の人が見かねて間に入る。僕は警察の人に少し睨まれ、奥さんを庇おうと警察の人は奥さんのソファの隣へと移って、その肩をさすった。

「もう、部屋で休みましょう。愛ちゃんのためにも、少し休まなけりゃなりません」

僕はその時、二階から聴こえてくる「カリカリ」という音が、だんだん大きくなってきていることに気づいていた。女性はそれを怖がっているのだ。そして、おそらくそこには「愛ちゃん」という娘さんが居る。

「僕、愛ちゃんに会ってみてはいけませんか。ニュースで聴いた、「子供が」というメモが気になるんです」

すると警察の人は急に怒りだして、僕に向かって怒鳴る。

「何を言うんだね君!もうこの人たちをそっとしておいてくれ!それをわからせるためにも連れて来たんだぞ!」

僕はその言葉を背に、さらに大きくなってきた「ガリガリ」という音に向かって、居間を出て行った。



階段を上り、二階の廊下を歩いている間も、何かを削る音は止まなかった。僕の後ろには警察の人がついてきていて、でも「愛ちゃん」のためなのか大声は出さずに、「もう帰ろう」と小さな声で言っていた。僕は、二階の階段に沿って、階段をUターンしていくように続く廊下の、突き当りにある部屋の扉を開けた。



部屋の中は、真っ青だった。僕は一瞬それにぞっとして、そして部屋の壁に張り付いて、青い色鉛筆を今も必死に削り続けている、「愛ちゃん」を見た。



愛ちゃんはまだ五歳くらいに見えた。少し長く伸ばした細い細い髪を二つ結びにしてぴょいぴょいと揺らしている。服装はピンクのセーターとオレンジのスカートで、そこだけ伝えれば可愛らしい小さな女の子だ。それがさっきから一度もこちらを振り向かず、扉が開いた音も聴こえなかったかのように、壁に絵を描き続けている。僕は部屋の左側の壁に寄って、小さく描き込まれた絵を確かめようとした。


それは、犬を連れてランドセルをかぶった、小さな男の子の絵だった。それがびっしりと部屋中を埋め尽くし、さらにその上からも重ねて描かれているので、部屋中が青いのだ。



やっぱり、春喜とタカシだった。僕はまだ確証は得られていなかったし、この時は自分の弟がこの怪異において何の関係を持っているのかはわからなかったけど、この家に春喜とタカシが現れたには違いなかった。



ふと、「ガリガリ」と響き続けていた音が止み、僕が女の子を振り向くと、「愛ちゃん」は機械のように首を振り、僕を見た。

まるで何も見ていないようながらんどうの瞳で、「愛ちゃん」は僕を見ている。僕はさすがに驚いて、少し気味が悪いとも思ってしまった。そして、「愛ちゃん」はそのまま、色鉛筆を持っていない方の左腕をすうと上げて、僕を指差した。



「おにいちゃん」



それだけ言った後で、愛ちゃんはその場にどさっと倒れた。