僕の弟、ハルキを探して<第一部>
それから兵長に連れられて第一班に案内してもらうことになったけど、僕が兵長の後から部屋を出ようとした時、オズワルドさんが急に僕の肩を引いた。なんだろうと思って振り返ると、オズワルドさんは緊張した面持ちでこちらを見つめていて、小声でこう囁いた。
「軍には、貴方や、ハルキ様をよく思わない者が多く居ます。お気を付けを」
僕はその時にはその意味が分からなかったけど、「第一班」に案内されてから、いやというほどそれをぶつけられることになる。
僕と兵長は、今朝僕が訪れた、ライオンの紋章のある扉の前に着き、兵長はノックもせずに扉をバタンと開けた。今朝会ったばかりのヴィヴィアンさんやロジャーさんが、びっくりしてこちらを向く。
「第一班集合せよ!新しく配属された者を連れて来た!ご存じのお兄様だ!いろいろと教えてやるように!私は仕事があるのでこれで失礼する!」
そう言って兵長は僕の背中を思い切り叩き、部屋の真ん中に向かってつんのめっていった僕を残して、元のように扉を閉じた。
「わっ、わっ…」
僕はバランスを取り、背中を起こしながら部屋の中を見回そうとする。いつの間にかヴィヴィアンさんたちは一列に並んで、敬礼していた手を下ろしているところだった。でも、ロジャーさんと吹雪さん以外は、兵長と同じ軽蔑の眼差しで僕を見ている。今朝もベッドの上に居た男の子は、急に大きな声がしたのでびっくりしたのか、布団を引き寄せてちっちゃくなっていた。
僕は背中を屈めたまま部屋の中を窺っていたけど、ロジャーさんが近寄って来てくれた。
「よお大将。そう暗い顔すんなよ。こいつらの紹介は後にして、そろそろ飯の時間だぜ」
「あ、は、はい…」
ロジャーさんは相変わらず優しくて大きな人で、緊張して行き場の無かった僕を、まずは食堂に案内してくれた。そして僕たちは一緒に夕食を食べた。
目の前には、ミートソーススパゲッティがあった。でも、ソースに使っている肉は、牛や豚とも、鶏肉とも違う、どこか獣臭い味がした。それに、トマトもこの世界には無いのか、トマトよりずっと甘くて、どろっとしたソースだった。けど、胡椒のような辛味のある調味料が肉の臭みを消してくれていて、それが甘辛いソースと絡まると、大いに食欲をそそる味だった。
「美味しいですね、これ」
僕がそう言うと、ロジャーさんはうきうきと体を揺らしてから、僕に顔を近づけてこう言った。
「今朝、俺が「焼いた」奴だ。たっぷり味わえ」
「ええっ!?」
僕がびっくりして大きな声を出したので、ロジャーさんは面白そうに笑い転げた。
「まあ、ここじゃあそういうこともあるってだけさ。普段は牧場の牛や豚を食べてる。まあ今日の奴はちいっと見た目が似てたからな。調理係もやる気を出したのさ」
「そうだったんですかあ」
僕たちはそんなふうに話しながら、僕は新鮮なことに驚かされ続けて食事を終えた。
ロジャーさんは食堂を出てから、僕を振り返りながら喋り続ける。
「まあ、寝る部屋は俺と同室になるだろう。俺は今ちょうど一人なんだ。この間まで二人部屋だったんだけどな。まあ何もないけど、トランプと酒ならあるぜ。残念ながら、俺の気に入りのウイスキーじゃねえんだけどな」
「そうなんですか。じゃあ、よろしくお願いします」
僕たちはロジャーさんの部屋の前まで来たけど、扉の前にはヴィヴィアンさんが立っていた。
「ヴィヴィアン…」
ロジャーさんは少し戸惑っていた。そして、その後ろに居た僕は、ヴィヴィアンさんにギロリと睨まれる。なぜだ?なぜ僕はこの人たちに何もしていないのに、こんなに嫌われているんだ?
「ロジャー」
ロジャーさんは名前を呼ばれ、ヴィヴィアンさんから目を背けた。
「アンタ…シャーロットのこと、忘れたわけじゃないよね?」
ヴィヴィアンさんがそう言うと、明らかにロジャーさんの横顔は一瞬うろたえたように見えたけど、すぐに前を向いて、「どいてくれ、ヴィヴィアン」とだけ言った。すると、ヴィヴィアンさんは火が付いたように怒鳴り始める。
「シャーロットを殺した奴の兄なんかと同室なんて!恥ずかしくないのかいアンタ!そんな奴、ぶん殴って叩き出しちまえばいいんだよ!」
「…黙れ…黙れ黙れ黙れ!」
「何さ!言いたいだけ言わせてもらうよ!シャーロットが死んだ時…!」
「ヴィヴィアン!それ以上言ったら俺はお前を許さないぞ!」
甲高い叫びはぴたりと止み、ヴィヴィアンさんはしばらく食い入るように僕とロジャーさんを睨みつけていたけど、最後には悔しそうにその場から駆けだしていった。
「ロジャーさん…今のお話は…」
「中に入ったら、聞かせるさ」
僕たちはそのまま、扉を開けて、部屋に入った。部屋のネームプレートには、「Roger Griffiths・Charlotte waters」と書かれていた。
作品名:僕の弟、ハルキを探して<第一部> 作家名:桐生甘太郎