少年カノン-春風の二重奏-
首に巻きつかれた腕を掴み俺は離そうとする。部活終了後で人がいてもまばらとはいえ、ちらちらと向けられる視線が痛い。
いや、別に悪いことなんてしてはいないのだが男子高校生同士のスキンシップにしてはアレだな、とは自覚している。
「いーじゃんべっつに〜」
俺よりも身長約5センチ低い、サトルのふわふわした栗色の髪が頬に当たる。無邪気そのものでコイツはじゃれてくる。
いつものことなんだけれど。
「ったく、これじゃ歩きづらいからはな・・せって。」
ぐいとサトルの体を自分から無理やり引き剥がす。ぶーぶー言っているが無視だ。
「ちぇーいいじゃん幼馴染なんだから、抱きついたってさー」
「いや、あんま関係ないって。」
そう、俺たちは幼馴染というやつで。
小学校、中学校をずっと一緒に過ごしていて。
やっぱり高校も同じところを同じような理由で受験し、この度めでたく合格し、通っている。
家からは大体自転車で40分ほど。結構な距離で電車はバスなどを利用して通っている人も少なくない。親にも何故わざわざ遠いところに行くのかと第一志望を決めたときから不思議がられていたが、理由は抽象的だった。
少し遠い学校に通いたかったのだ。
おそらく、少しでも違う環境がみてみたくなったんだと思う。
それから、俺たちは、遠くに通うからと新調した自転車に跨り桜散る、桜並木の下り坂を一気に駆け下りていく。シャァと軽快な音が耳に響く。
ただ、いい音が鳴るのはここまでで、後は実はだらだら話しながら漕いだり歩いたりして帰っている。
だらだら話をしながら帰るのは嫌いじゃない。
サトルとだったらいらん気遣いもないし。
「あーやっと部活始まったな〜☆」
「ああ、そうだな。担当楽器も今までと変わらなかったし、一安心だな。」
一応担当楽器はオーディションらしいもので決められた。ま、俺たち二人にとってはただの儀式でしかなかった。自分で言うのもなんだが、多分担当したい人達で一番上手かったんじゃないだろうか。
「これで好きなだけ吹けるぞ〜!」
超ご機嫌な様子でサトルは自転車で道から外れた川沿いの方へと向かう。
「ちょっおま!どこ行くんだよ!!」
一人にしておくと何をしでかすか・・・。
心配だから、俺はヤツの後ろについていく。
「まぁまぁたまには道を踏み外すのもいいんじゃね?」
いたずらっ子のように笑い、自転車から飛び降りる。それなりに大きな音をさせながら自転車は転がり止り、乗っていた人間は華麗にポーズを決めた。
「・・・なにやってるんだよ・・・。」
いつもながら、電波だ。
サトルのこんな場面、さっきの女たちは想像もつかないだろう。
彼は非常に二面性が強い。多分別人やら二重人格やらと疑うほどに。
今日の部活中の質問攻めの時は、全く喋らず(あっても呟く程度)静かに興味なさそう全開のクールフェイスを決めていたのに。
今は、コレだ。
無邪気で電波。
本性はもちろん今目の前の彼。
とりあえず今、学校では俺だけに対してだけど、身内や味方、仲間と解かるや否や、ここぞとばかりに本性をさらけ出してくる。今までもよくあったことだけど、こんな人だとは思わなかったランキング常に1位じゃないかっておもうほどだ。
まぁ、俺も人のことは言えないが。
身内によく、仲良くなるにつれて態度でかくなるとか、態度でかい、もっと遠慮ってもんをしろとか文句を言われる。初対面やさほど中のよくない人間からは、愛想がよくていい人と言われる。
・・・本音がズバっと切れるからそう思われてしまうんだろう。
別にいいけどな。
「おー見てみろよ!太陽沈むとこだぜ!」
川辺で寝転がっていたサトルは急に起きだし、沈みかけた太陽を指差す。
促され、そこを見ると、確かに太陽の円の部分が半分以上沈み、西の空は群青色に染まり始めていた。
「おーホントだな。しかし、昼長くなったなー。」
自分の乗っていた自転車を降り、止め、ついでにサトルの分も起こし、止めておく。
それからまったりと、サトルの隣に座った。
彼は本当に楽しそうに笑っている。
・・・それにしても、今日もサトルはべったりとできる限り俺から離れなかった。
同じクラスではないから、休み時間が終わるぎりぎりまで俺のとこの組に居座り、始まれば誰よりも早く遊びに来る。
いや、毎度のことだから慣れてはいるけど。中学でも確かそんなんだったが・・・。
「つかさ、サトル。」
「ん?」
「俺思ったんだけどさ・・・。」
「んー?」
何だ?と顔を覗き込んでくる。
「絶対、中学のとき見たく高校でもからかわれるんだろうなーって。」
苦笑する。
中学のときは、同姓からはホモだの何だの言われ続け、異性からは言葉は特に無いが影で俺たち二人を見てキャッキャしていた。
「まーべつにいいじゃん。気にしなきゃいい話だろ?」
俺の苦笑とはまるで違う、けろっとした表情でサトルは言ってのける。こいつの行動が全ての原因なんだけどな・・・。当事者は悪いことしてないんだから別にいいだろ?と不思議そうにしている。
「あーうん、そんなに気にしてるわけじゃないけどさ・・・。」
実際、本当に俺はお前なら別にそんな噂を立てられても、気にせず受け流せているけれど。
「・・・だって本当だし?」
ぼそりと、サトルは何か言った。よくは聞こえなかったが何を言ったのかはわかる・・・様な気がした。
「え?なんだって?」
「!なんでもないって〜。」
びくりと驚いたように体をビックリさせていたが、すぐに笑ってのける。
「ふーん。」
そうか、と別段興味なさそうに振舞う。
目の前には、ホントなんでもなさそうな無邪気な笑み。
ふと、それがにやりと変化。
何だ?と思った瞬間、時すでに遅し。
がばっと音がするくらいおもいっきり横から抱きしめられる。
「俺は大好きだぜ!マスミ!!」
「えっ!ちょ・・・お前!!」
何でいきなり、抱きつくのか意味が解からない。
大好きだの言葉はいつもいつも言ってくるので、スキンシップの一環だ。
サトルなりの。
いつものことだと思い、体を離そうとしたのだが、離そうとするといっそう強く抱きしめられてしまう。
「・・・?」
ぎゅうと強い力。
「ホント・・・スキだよ。」
消え入りそうなくらい小さな声。
何を言ったのか、聞こえていた。
いつもと違うスキのフレーズ。
だけど、俺は。
「え?なんだって?」
聞こえないふりをした。
ヤバイ!と思ったのか、サトルはすぐさま俺から体を離し「なんでもない!」と上ずった声で手を振った。
「ん?そっか。」
別段気にしている様子を見せず、立ち上がり、
「じゃ、ほれ暗くなる前に帰っちゃおうぜ。」
サトルに手を差し伸べる。
うん、と彼は心底安心した様子で俺の手を取った。
さぁ、これから俺たちの本当の高校生活がスタートする。
こいつと二人、きっと今までと一緒で楽しいに違いない。
・・・きっと。
少年カノン-春風の二重奏- /終
作品名:少年カノン-春風の二重奏- 作家名:キッカ