八九三の女
[功罪]
お前は祖父に似ている
誰もが口を揃えて、誉め言葉のように言い捨てる
称える祖父が禄でもない奴だと知っている癖に
二十歳其処其処の若造に「お前も禄でもない奴だ」と、言い捨てる
禄でもない奴が禄でもない人生を送るのは、当たり前だ
お前が少女にしている事は
祖父が、あの人にした事となんら変わらないのに
血筋が、そうさせるんだと悪怯れない
どれ程、祖父の罪にしたいんだ
それ程、祖父の罪にしたいのか
とんだ不当人だ
お前は過ちを犯した
祖父と同じ、過ちを犯した
祖父は真っ当になる
お前も真っ当になれ
「もう、お飯事はお仕舞いだ」
一人で生きて
一人で死ぬ、そう決めた
一人で死なせた祖父に対してお前が出来る、唯一の事だ
「この!禄でなし!」
社長の予想通り、声を上げたのは叔母だ
姪との別れも許さないが
姪との暮らしを「お飯事」と、揶揄する事は許さない
姪は真剣だった
社長だって真剣だった筈
袖口を掴み上げ、腕捲りする叔母が
社長目掛け勇んで行こうとするも社員に腰を抱えられ、止められる
「離して?!」と、暴れる叔母を軽軽、抱き上げると
社員はなにも言わずに石階段を下りていく
尚も自分を罵る叔母の声を聞きながら、社長は心が軽くなる
少女には期待出来ない罵詈雑言、勝手だが沈んだ心が軽くなる
「禄でなしで悪いな」
唯唯、自分を真っ直ぐに見つめる少女に唇を歪めて吐き捨てた
少女といい
幼馴染といい
覗かれ覚悟で受けて立つから自分は本当に戸惑う
覗かれて困るのは、自分だから
逸らさないと困るのは、自分だから
「禄でなし序でに、俺の事は嫌いになればいい」
これ以上は言えない
そうして墓石に目を向ける社長の横顔を見つめ、少女は思う
この人はこんなぼろぼろで何処に行くというんだろう
と、少女は思うも言えない
きっと社長自身、答えられない
禄でなし、なんて思えないのに
嫌いになれ、なんて無理な事を言ってる
こういう時、どうすればいいのかな
泣けばいいのかな
縋ればいいのかな
それでも社長が困る事は出来ない
「お世話になりました」
頭を下げる少女の耳に「なに、してんのよ~!」と、喚く
叔母の声が聞こえるが、仕方がない
そうだ、仕方がない事なんだ、と少女は自分に言い聞かせる
それでも涙が込み上げてくる
それでも堪えて、顔を上げた少女の潤む目が大きく見開く
「どうして?」
「ん?」
普通に、余りにも普通に社長が返事をするので少女は躊躇う
「どうして」
「ん」
「どうして、泣いているんですか?」
少女の言葉に
頬を伝う熱が、伝う側から冷えていく熱を拭う
自分の指が震えている事に気が付いた
明日は今日だ
今日は昨日だ
なにも変わらない
なにも得ないし
なにも失わない
喩え、なにかを得たとしても失う
喩え、なにかを失ったとしても得る
その繰り返し
なにも変わらない
そう思ってやってきた
そう思ってやってきたじゃないか
そう思えばいいんだ
「無理だろうな」
思わず吐き捨て、唇を歪めた瞬間
止め処なく零れ落ちる涙と同時に嗚咽が上がる
別れは最悪
出会いも最悪
それでも、一緒に過ごした日日は最高だった
ぎこちなく開いた、両手の平で顔を覆い
泣き頽れそうになる社長の身体を少女が踏み出し、抱き抱える
一瞬、社長の身体が強張るも少女の、その華奢な肩に顔を埋めた
しゃくり上げながら言う、社長の言葉が少女の耳に届く
「ごめん」
「俺、千と離れたくない」
そして、堰を切ったように泣き出す社長の背中を
少女はなにも言わずに抱き締める
お前の眼は曇ったまんまだ
祖父を赦す事は
お前を赦す事
お前を赦す事は
祖父を赦す事
祖父の罪も
お前の罪も赦せない程、曇ったまんまだ