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八九三の女

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[組長]



夜の蝶になって幾分、経った頃

唯一の肉親である姉は青い鳥を求めて表街へ
子どもを産んだと風の噂で聞いたのは、もう何年も前の事だ

先輩ホステスに付いて常連客に顔を売る日日を懐かしむ程
仕事に余裕が出来た、ある日

店内を一望出来る、中央階段
二階の特別席に呼ばれた叔母は一人陣取る、客のテーブルに案内される

それが、この倶楽部で浮き名を流す社長との初対面だ

二十歳其処其処で稼業を継ぐ、青年実業家
夜な夜な倶楽部に現れては金に物を言わせては傍若無人に長座する

青年実業家と言えば、この倶楽部の店長もそうだ
著しく、後退した髪が醸し出す好好爺然とした風貌の店長が
「自分の後任だ」と、連れて来た息子は顔面に蜥蜴を飼っていた

禄でもない、跡取り息子二人組だ

後任の店長の旧友で得意客の社長のテーブルには叔母
そしてもう一人、中堅ホステスが黒服に紹介され「両手に花」状態だ

コの字型のソファの奥に陣取る社長に挨拶して
中堅ホステスが手前、中央階段を背にして腰を下ろす
叔母は向かい側のソファに促されるが居心地が悪く落ち着かない

中堅ホステスが慣れた手付きで飲み物を作る間
閑談を任された叔母だが口重い社長との会話は難しい事此の上ない

おまけに禄でなし相手では
持ち前の天真爛漫を発揮する所か、向ける笑顔さえ曇る

その様子に中堅ホステスが
「私達も、ご相伴に預かってもいいですかあ?」
と、了承を得ると叔母の手元に酒瓶類が乗った盆を滑らせた

ほっと吐息を漏らす叔母が時間稼ぎするように
ゆっくりした動作で作業していると階下の広場が騒がしい
複数人の足音が轟き時折、怒声らしき声も聞こえる

何事かと顔を上げると中央階段を上がってくる
誰の目から見ても堅気に見えない男達が数人、確認出来た

派手な背広に身を包み、群れる数は数十人

叔母達のテーブルまで来ると社長を見下ろすように立ち止まる
当の社長は顔を上げる所か目線すら向けない

徐に背広姿の組員達が左右に分かれ
遅れてやって来る、背後の人物の為に花道を用意する
そうして羽織り着物姿の初老男性が姿を現した

「若社長、探しましたよ」

声高高に挨拶する組長
振り仰いだまま動けずにいる中堅ホステスに
組員の一人が荒荒しい手振りで「退け」と、促す

慌てて立ち上がる中堅ホステスの尻を叩く組員を横目に腰を掛ける

組長は一息吐くと
目の前の社長相手に世間話は不要とばかりに本題に入る

「融資の件、考えて頂けましたか?」

社長は質問を質問で返す

「返済の件、考えて頂けましたか?」

何度も言う
金貸しは金を貸し回収するのが仕事だ
貸したまま回収出来ない金は当然、儲けにならない

「儂等と若社長の仲でしょう?」

「組長さんと先代の仲でしょう?」

お互い代替りしているのに、なにを言ってるんだか
抑、先代(祖父)が盃を交わした、組の先先代は疾っくに死んでる

思わず、口元が緩む
笑いを誤魔化すようにロックグラスを口に運び、一口飲む

飲めない酒だが、一瞬でも頭が冴えるのは不思議だ
今夜は狸が相手か狐が相手か、何方も同じだ

借りた金を返さずに更に金を貸せと言う、鉄面皮な輩
相手にする方が馬鹿だ

そうして交渉も面会も断わり続けたら
こうして私生活にまで土足で踏み込んでくる

本当、うんざりする

暖簾に腕押し、の社長との会話に
組長は苛立ちを隠すように少し、声を低く抑える

「考え直しては頂けませんか?」

飽くまで丁重にお願いする組長の姿勢に組員は気色ばむが
そんな事など、お構いなしにロックグラスを呷る社長

組員に追い払われた中堅ホステスが
広場で事の次第を傍観する店長に駆け寄り「警察を!」と、言うが
店長が驚いた顔で笑う

「冗談だろ?」
「警察なんて呼んで、来た試しがないだろ?」

「そうだけどう」と、泣き縋るような声で中堅ホステスが答える
「今夜の社長は駄目なのう」

中堅ホステスの言葉に店長が、その顔を覗き込む

「お前、真逆?!」

「そうなのう」
「お酒の量、いつもより増やしちゃったのう」

それでも大分、薄めだが社長には十分だ

「なんでお前、そんな事」

そんな事、聞かなくても分かってる
それでも聞かずにはいられない虚しさに店長は泣きたくなる

「だってえ、お持ち帰りされたかったんだも~ん!」

頭を抱える店長だが直ぐに考え直す

「いい」
「それならいい」

稼業を継ぐ、社長
事業を継ぐ、店長

新参ではないが半人前扱いの自分達が
裏街でやっていけるか否かは、此処数年の仕事振りで決まる

「いいって、なにがぁ?」
と、中堅ホステスは蜥蜴が這う横顔を見遣るが

心做しか、店長は嬉しそうだ

一向に返事をする気配のない社長に痺れを切らした組長が
ロックグラスを呷る社長の、その腕を力強く掴む

「われ、けつをわるって事かあ?!」

組長のドスの利いた声は店内に響き渡り
控え目に流れるジャズピアノの音色以外、辺りは静寂に包まれる

到頭、耐えられなくなった特別席の客達が一斉に非難する
組員に道を塞がれている叔母には、その道がない

此処にきて漸く、社長が組長に顔を向ける

最後は脅しだ

金を舐める奴が金に泣くのは、当然
金貸し屋を舐めたら足元を掬われるのは、当然の理なんだよ

「俺は喧嘩はしない」
「組長さん所に払う見ヶ〆料を別の組に、倍の金額で払うだけだ」

社長の言葉に下っ端連中は馬鹿にするように鼻で笑うが
組長を見遣る幹部連中の表情は硬い

此処は裏街だ
表街にはあるだろう仁義が裏街には、ない

汚い金は汚いまま
汚い仕事は汚いまま、請け負う輩に困らない

石を投げれば組に当たる
裏街で男を売る稼業を探すのは容易い

男を売る稼業で金を得る
金を払い男を売る稼業を得る

双方有利の契約で融資とは別に見ヶ〆料を支払っている

だから、舐めてもらっちゃあ困る

上でもない下でもない
お互いに対等だという事を忘れてもらっちゃあ困る

社長は空いた、もう片方の手をゆっくりと自分の胸元に置く

「組長さんも考え直してくれ」

軍資金の尽きた組が生き残れる程、此処は彼岸か?

男を売る稼業が大変なのは分かる
そして、それは組長さんにとって命よりも大事なモンだって事も分かる

奇遇だな、俺もそうだ

社長の顔を見入ったまま微動だにしない、組長
がらんどうのような目の奥で自分を捉えて放さない光がある
見る事も見られる事も儘ならない、光だ

組長は背後に控える組員達を肩越しに見遣る
耐え切れず目を逸らした事を誤魔化す為だけに、だ

「邪魔、しましたな」

組長は掴んだ社長の腕を放すと、その肩に手を置く
そうして立ち上がると、ゆっくりした足取りで組員達を従えていく

最後、下っ端の組員が店を後にする頃には
店内のテーブルの彼方此方から賑やかな笑い声が上がる

誰もが無関心で
誰もが無関心でいられない

対岸の火事の筈が真逆の此岸が燃えているのかも知れない

それが裏街だ

作品名:八九三の女 作家名:七星瓢虫