八九三の女
[キングオブネガティブ]
小学校の体育館を会場に卒業式は催される
保護者達は一同、体育館に向かうが卒業生達は
入場の時間迄各自、教室で待機となる
教室の扉を開けるや否や
駆け寄る月見里君が手を振りながら挨拶をする
「叔母さん、元気ー?」
「元気?」もなにも叔母のメッセージIDを入手したにも関わらず
相談と称して毎晩、自分にメッセージを送信するのは勘弁して欲しい
将又、「恋に恋する過程」は未だ終わってないのか
不思議な事に叔母の元にはそれ程、通知はないらしい
本命には慎重になる性格なのか
直截簡明全開の月見里君の狡さを見た気がした
と、少女は気になり周辺を見回す
月見里君が察して頷く
「小鳥遊ねー、欠席」
そうして少女の机の上に腰掛ける
「昔っからそうなんだよねー」
「此処ぞ!って時に体調崩すのー」
「最早、キングオブネガティブ」
少女は相槌を打ちながら
小鳥遊君にとってそれ程、卒業式は重要な物だったのか
と、考えて改めて「真面目なんだな」と、納得する
「まー、慰めてあげてよ」
心底、気の毒に思うのか
笑い掛ける月見里君の顔も心做しか精彩を欠いている
月見里君の陽
小鳥遊君の陰で案外、いい塩梅なのかも知れない
遊園地デートは人生最良の一日だった
月見里君が内緒で撮影してくれた、部田とのツーショット写真は
御守り代わりに速攻で携帯電話の待ち受け画面に設定した
誰に見られる訳でもないし縦しんば誰かに見られても構わない
迎える卒業式当日
恙なく式典を終えた自分は部田を呼び出し告白する
何処に?
何処でも構わない
二人きりになれて邪魔が入らない所なら何処でも構わない
此処まで来て
部田の言う「あの人」の影がちらつくが結果は問題じゃない
自分が彼女の事を好きだ、という事を知ってほしいんだ
唯の自己満足の告白だけど知っていてほしいんだ
そうして勢い込んだ結果
並みの心臓以下の自分の身体は悲鳴を上げた
嫌という程分かっていたのに、この為体
溜息すら出ない
布団の中で横向き寝で丸まりながら
小鳥遊君は携帯電話の待ち受け画面のツーショット写真を眺める
瞬間、手にした携帯電話が大袈裟に振動し画面に通知が流れた
「お大事に:部田」
送信者の名前を確認して小鳥遊君は瞼を閉じる
仰向けになり丸めた身体をゆっくりと伸ばす
ほんの小さな、それこそ取るに足らない些細な事に
幸せを見出せるのは、ネガティブ故の醍醐味なのかも知れない
高熱に火照る額に手の平を当てながら嘆息を吐く
身体の芯事、溶けていく
浮遊するような感覚に身を委ねながら小鳥遊君は寝入る
「ネガティブ万歳」