八九三の女
[告白]
忘年会に新年会
得意先の挨拶回りに裏街組合の会合
酒を飲む機会は度度、訪れるが社長は一切口を付けない
古狸達も古狐達も謙遜だと決め付け
執拗に薦めてくるが、ここぞとばかりに正直に白状する
この機を逃せば一生言えない気がしたからだ
自分は下戸で酒癖が良くない事
会合の後、店長の肩を借りて帰宅するも当然のように記憶がない事
そうして認めたくないが店長相手に過ちを起こし掛けた事
「同じ過ちは犯したくない」と、告解する社長の有無をも認めない
威圧感満載の眼差しに古狐達も古狐達も引き下がる
社長の告白に店長は笑い転げていたが、ぐうの音も出ない
散散、迷惑を掛けてきたのは事実だからだ
彼の父親はそんな息子の様子に目を丸くしていたが
社長と目線が合うと大袈裟に肩を竦める
親父殿、悪いが冗談じゃないんだ
祖父は上戸所か酒豪だった
孫の自分が下戸だなんて笑えないよな
後日、店長から「御祝」と称してチョコが送られて来たが
なにが「御祝」なのか意味不明だし不愉快だったが
チョコには罪がないので有難く、頂戴した
叔母は叔母なりにあの夜の事を気に掛けているのか
年末年始、暇さえあれば少女の所に遊びに来てくれるが
天国と地獄とは正に、この事だ
叔母がいれば
会話もするし笑いもするし、普段通りの少女だ
だが、叔母が帰宅すれば
会話所か、少女の顔からは表情が消えてしまう
今もそうだ
自分を避けるようにリビングテーブルの椅子に腰掛け
似合わない、強張った顔で「世界の料理レシピ」を眺めている
唯、社長からのクリスマスプレゼントであるこの料理本は
気に入ってもらえたようで
少女は掲載されているレシピをちょこちょこ披露してくれた
「外食嫌い」「料理好き」という情報だけで
秒で決めたプレゼントだったが喜んでもらえたのなら嬉しい
そして夜になれば
抱き枕のように自分に抱き締められる事を拒まない
少女が心の底から愛おしくて堪らない
「もう二度と酒は飲まない」
突如、自分の足元で両膝を付き正座する
社長の姿に驚くも少女は椅子から下り、向かい側に正座する
「お酒のせい、ですか?」
少女が淡淡とした口調で聞く
淡淡と、というが感情を抑え切れずに声が震えていた
「違う」
酒を飲んで叔母相手に発情したのは否めない
が、酒を飲む選択をしたのは他でもない自分自身だ
「ごめんなさい」
深く、頭を下げて謝罪する社長に
少女は戸惑っているのか、それとも思うところがあるのか
少しの間、動かなかったが軈てすっくと立ち上がる
そのまま台所に向かい、冷蔵庫の扉を開ける音がする
なにかを取り出し、手に戻って来る少女の足音を
頭を下げたままの社長の耳が捉えた
そうして社長の目の前に差し出された「なにか」は
一本の缶焼酎だった
遊びに来る叔母が自分用にと保管していたモノだ
「飲んでもらえませんか?」
「ん?」
「飲んで酔っ払ってもらえませんか?」
意味が分からず瞬ぐ社長に缶焼酎を突き付ける少女は
クリスマスパーティーの日の事を思い出していた
叔母の先輩だと言うホステスにトイレ迄、案内してもらったが
序でに化粧直しする彼女は隣接するパウダールームから
洗面台で手を洗う少女に話し掛ける
「そうよね」
「貴女みたいな可愛い彼女が出来たのなら」
「あの人もお店には来なくなるわよね」
着熟すドレスのデザイン上、露出した肩を窄める
ファンデーションのパフを口元に当てて微笑む
先輩ホステスは文句なく綺麗だ
普段は客相手に発揮する観察眼を少女に向ける
彼女は少女の事を「可愛い彼女」等、微塵も思っていない
ご無沙汰だった、お気に入りの青年実業家が
久し振りに来店したと思ったら連れているのは、なんとも野暮ったい
若さだけが取り柄の恋愛の駆け引きも知らないような、少女
あの人、そこに惹かれたのかしら?
そうして観察眼なら少女も負けていない
普段、関わる事すらない先輩ホステスに話し掛けられ
明らかに不思議がる叔母を余所に自分に近付き
隙さえあれば否、隙等なくとも機会さえあれば
嫉妬の炎で甚振ろうとしているのが誰の目にも見え見えだ
付き合うしかないのか
と、少女は何故か諦めて休憩用のソファに腰掛ける
先輩ホステスは少女の行動を「受けて立った」と、理解した
「彼、素面では女を抱けないのよ」
初球、直球勝負に出る
入店直後の社長と少女を見掛けたが
それ程、親密な関係でもなさそうだ
背後のソファに座る少女に向かって鏡越しに微笑む
先輩ホステスと目が合うも「はあ、そうですか」
と、しか思わない自分は相当、可愛くないのだろう
それは仕方がない事だ
告白した訳でも
告白された訳でもない
思い出す、絆創膏の取れた首筋に触れる
最近はキスマークも遠慮される
大人が気付けば不自然さは一目瞭然だからだ
俯く少女の様子を先輩ホステスは「討ち取った」
と、勘違いしたのか満足げに続ける
「でもね、酔うと凄いのよ」
少女が鏡に映る先輩ホステスに顔を向ける
その目線を受けて紅赤色の口紅を引く、手を止める
清楚に着飾った顔が一瞬、驕傲に歪む
「ガキが」
結果、先輩ホステスは白星を挙げる
自分が子どもだから社長は相手にしないのだろうか
自分が子どもだから社長は相手にできないのだろうか
どちらなのだろう
そんな思いで二階の特別席に戻れば
泣いた様子の叔母の頬を撫でる、社長の姿を目撃した
叔母は涙の理由を話さないし無理に聞く事でもないし
社長は無関係と言っていたから疑いはしない
社長は社長でなにも言わなかったが、それはそれでいい
以来ずっと社長の側にいるのが怖い
社長は自分が怒っている結果の沈黙だと誤解しているかも
知れないが、それは違う
社長の気持ちを知るのが怖い
自分の気持ちを知られるのが怖い
唯、それだけの事
だけど、もう知らない振りはしたくない
「私を、抱いてくれませんか?」
少女の言葉に社長は言葉も出ない
思わず、じっと自分の耳を疑うが
目の前に突き出された缶焼酎を持つ、少女の手が震えている
これでも愛の告白だ
それでも愛の告白だ
受け止めなくては男が廃る、訳ではないが
受け止めない理由が見つからない
だが選りにも選って缶「焼酎」だ
当然、偏見だが女なら「ほろ酔い」とか選べよ
と、社長は毒づくも覚悟を決める
少女から缶焼酎を受け取り、一気に飲み干した
飲み干した結果、深い眠りに落ちる
缶焼酎は受け取るが
飲まない選択が正しかったかも?と後日、社長は悔やむも
少女の気持ちを飲み干しただけでも満足だった