八九三の女
[倶楽部]
年末年始は忙しい
通常業務に加え、得意先への挨拶回り
と、いっても殆どが組関係だが、義理は欠かせない
に加えて裏街組合の会合と兎に角、忙しい
足を踏み入れる者もいない
見捨てられた土地も時代の流れと共に革新する
無法地帯であるが故の裏街ならではの暴利に目を付けた
新参者達が我が物顔で横行闊歩する前に
古参者達が一丸となって立ち上げた、裏街組合だ
皮肉なもんだ
散散、身内同士で狸や狐の化かし合いをしていたくせに
鳶に油揚げを攫われそうになった途端、一致団結だ
唯、相手が古参者から新参者に変わっただけで
今も昔も化かし合いは続いている
持ちつ持たれつの関係である事には変わりない
会合といっても今や唯の顔見せ、唯の飲み会だ
出来るなら挨拶程度に顔を出して早早に退席したいが
組合発起人の一人である亡き祖父の為、それも上手くいかない
クリスマス休戦をする紛争地のように
その日だけは大した厄介事もなく平穏に過ぎる
少女にもゆっくり過ごして欲しくて今日ぐらいは食事に誘う
自分もゆっくり過ごせるのは今日ぐらい迄だ
「お店は決めていいんですか?」
頑として冷蔵庫の前を退く気配のない社長に
少女は仕方なく妥協する
我ながら大人気ない事をしている自覚はあるが
頷き、ダイニングテーブルに広がる宅配の広告を見遣る
外食が嫌なら出前でも、出張でもなんでもいい
社長の目線を追うも
ダイニングテーブルの上の広告をかき集めながら少女が言う
「行きたいお店があります」
即席の特大ミラーボールが頭上で回転する広間は
反射する青白い光が流星群の如く、絶え間なく降り注ぐ
客席を取っ払った広間はダンスホール宜しく
溢れる客とクリスマス仕様の小物で着飾るホステスで賑わい
ご機嫌なダンスミュージックが鳴り響く
客とホステスの飲み物を一手に引き受けるバーカウンターは
バーテンダーを増員して対処に当たる
年に一度の、倶楽部が用意したクリスマスパーティーだ
それでもお目当てのホステスと膝を付き合わせて
ゆっくりと酒を飲みたい客は広間の中央階段を上がった先の
二階、特別席を利用出来るようになっている
それ以外は一階、広間で入場料金のみで入店出来る
勿論、酒代は別料金だ
「おかしいだろ?」
二階の特別席には、広間の騒騒しさは届かない
社長はコの字型のソファに腰掛け、少女に向けて吐き捨てる
両手の甲を太腿の下に挿し入れ向かい側に座る少女は
悪怯れない様子でそっぽを向き、階下の広間を見渡し答えた
「来たかったんです」
「叔母さんが滅茶苦茶、楽しい!って言うクリスマスパーティーに」
社長の唇、右端が吊り上がりなにかを言う前に
二人に挟まれる形でコの字型のソファのコ←に陣取る叔母が
馴鹿の角の髪飾りを揺らしながら陽気に笑う
「もうね、さいこうだよ~!」
比較的、叔母が勤める
社長の幼馴染が経営している倶楽部は
真っ当な商売をしているとはいえ娼館、男娼館が立ち並ぶ
風俗街にある事は否めない
中には幼女専門の店迄、存在している
小学生の少女を引き連れ歩くには精神衛生上良くない
肝心の目的地である倶楽部は
平常運転とは違い一夜限りの乱痴気騒ぎの最中だ
そんな場所に小学生の少女を連れて行くなんて尋常じゃない
店の前で入店を断られる事に賭けていたが惨敗だった
未成年に見えても
小学生には見えない少女だ
然も社長の連れだ
断わる理由等、存在しない
社長自身、今はご無沙汰とはいえ
最近迄は連日連夜、飲みに来ていた店だし
社員達は今も会社の付けでお世話になっているのだ
「もうね、諦めてね~」
「あたしの事、オーラスで指名してよ~」
階下で鳴り響く
ダンスミュージックに角を動かしながら、お願いする叔母に
社長は項垂れるように頷き後頭部を掻き揚げた