Cuttysark 『精霊』前/直後。
『精霊』前
不意に屈みこんだカティサークに先に気付いたのは矢張りガイボルグだった。
「どうした?」
その声で周囲もカティサークに視線を向ける。
屈んで地面や周囲をジッと凝視している。
何の変哲も無い森の中だった。
「魔法が使われた形跡がある…」
カティサークたちが現在いるのは自分達が本拠地とする町エタニティ・フォレストから幾日か離れた場所にある国境近くの森だった。
隣の国は何かと内紛が絶えなくて、最近も最高権力者が暗殺されたとか暗殺を恐れて隠れたとか噂が流れてきた。
当然治安も良くなく、その影響がこちらの国にまで飛び火することがある。
今回はここより最寄町を本拠地とする警備隊がこの森から近い所で戦闘行為をおこない、死亡もしくは重傷を負った事件があった。巡回にも限りがある為に近いいくつかの町に駐在する警備隊が借り出されているのだった。
生存者によれば相手の言葉は隣の国のものだったという。
森を越えれば隣の国。
以前にも幾度かこんなことはあった。
カティサークが今いるのは第一部隊(戦闘職)の中のある小隊で、現在は周囲の偵察中。
他部隊のカティサークがこの部隊にいるのは魔法の素質を買われての起用で、他のカティサーク部下も男女問わず魔法がある程度使用出来る者は他の部隊に割り振られていた。カティサークの部隊本来の業務はその他部下が行なっている。
隣の国は魔法に関しての研究が発達しているし、戦時に他の国と比較してよく使用される故の割り振りだった。
余談として、誰でも利用できる科学的力を使用する割合が低い所も周囲の国から浮きつつある由縁かもしれない。
当然第一部隊にも魔法使用可能な者はいる。
最も魔法の力が強いのは第一部隊隊長で、この人はこの警備隊全体をみても数本の指に入るほどの力の持ち主だった。昔、今回問題になっている相手の国へ留学したこともあるとか無いとか。
カティサークが配属された部隊にも数人はいたが、最も力が強いのはカティサークだった。
実の所カティサークも隊長となってから猛勉強した。
もともと素質はあるとの事で勉強はしていたが、隊長となってからは他隊員にバカにされない程度はと密かにがんばったのだ。何よりカティサークが尊敬していた前隊長はその魔法の力も強く、幾度も助けられた。
魔力の程度を考えるならカティサークの部下にはカティサーク以上の力を持つ者は幾人かいる。ただ魔力、技術と見てカティサークに適う者はそういない。
自分の隊内で考えてしまうのは小さいと言われるだろうが、同警備隊内の各部隊比較で魔法の力を総合的に見て能力が高いのはカティサークの部隊だった。
実はカティサークの部隊に女性が多い理由のひとつはここにもある。通常魔法の力を見出された者は既に何らかの職種についていることが多いが、何故か職業に対して束縛されたくない感覚を持ち、魔法を使用できるか充分な素質を持ちつつ奔放な感覚の女性をカティサークは見出す事が得意だったようで多く引っ張って来安かったのだ。他の理由も彼女達にはあるのだが…それは個々ということでカティサークは放置している。当然女性だけでもないが、女性が多いのは確かだ。
「確か昨日此処回った部隊からは何も連絡無かったよな?」
巡回箇所はローテーションとなっている。
これは以前内部に手引き者がいて痛い目にあった経験があるからで、当事者の一人でもあるカティサークはそのローテーションさえも上部の者以外は知らせず且つローテーションも不規則にするように進言し、採用された。
「『隠密』の魔法のようだね。昨日今日ではなくもう少し前のようだよ」
カティサーク自身この魔法の形跡が分ったことに少し驚いていた。
随分前に勉強したが良くわからず、此処に来る道中に再度勉強しなおしただけだった。レイラに師事しながら。
レイラの魔法の素質は並大抵ではなく部隊一だろうとは魔法が使える者は誰もが認めていた。技術なんて関係ないほどに自然に使用することができる。
…が、それも限りがあるので一応は独学で勉強したという。そんな中に何故か『隠密』に関する魔法があった。自分で使用するのも、他人の使用を感知するのも。
何故レイラがそれを学んだかは憶測の域だがちょっと怖いのであえてたずねないことにして、取り合えず教えてもらった。
「隠れて様子見に来てたってことか?」
「んー…移動した感じはしないから、隠れてそばを通った何かをやり過ごしたってことじゃないかな?」
実はレイラも舌を巻くほどの優秀な生徒であることをカティサーク自身は認識していない。認識する必要を本人が感じていないから。
それでもそんなカティサークの言葉に「おおー」や「へぇ〜」と隊員たちから声が漏れる。以前はそんな感嘆の声を漏らす側だったかと思うとちょっとこそばゆい感じもした。
「取り合えずそれは報告しなきゃですね」
直ぐ背後まで来ていた隊員の言葉に少し眉をひそめる。
「…報告書で報告するから、とりあえずは口外しないように」
「「了解!」」
カティサークの声は大きくなかったのだが、反応は思ったよりも大勢から上がってびっくりして振り向いてしまった。
「…えぇと……俺はこの小隊の隊長ではないから、隊長の言葉優先で、ね?」
「俺は異論ないのでカティの言葉に従っていいぞー」
実はこの小隊の隊長であるガイボルグが、のほほんの告げる。
カティサークがこの小隊に配属になったのはガイボルグと仲がいい、相性がいいために仕事も効率的に行なえることが過去事例として実証されているからだった。
往々にしてカティサークのサポートと言う形でガイボルグがいることが多いのだが。
ある程見回った所、カティサークが発見した形跡以外のものは昨日と変わらないことを確認して帰ることになった。
そうそう変化があっても戦時状態へ移行しなければならないかと思えば変化もして欲しくないのが皆の気持ちだが…
「ガイ」
表情を変えずに何気なく言葉をかけてくるカティサークの声の響きに異常を感じたのは、矢張りカティサークをよく知っているガイボルグだったからだろう。
「何があった?」
カティサークほど器用に平常を装って異常事態を会話することはできないが、何とか平静を装う。
「さっき俺が探知した魔法と同じ魔法で身を隠した奴が観ているようだ。ただ、此処で戦闘になっても勝ち目が無いから他のものには知らせずに帰ろう」
平静にそんなことを口にするカティサークを思わず凝視してしまうが、カティサークは「何でも無い」とばかりに微笑んでさえ返す。
こういうあたりも他隊隊長などがカティサークを隊長に推した所以なのかもしれないとも思う。
この小隊だってさっきの通り本来補佐としているはずのカティサークを隊長のように扱っている。
余談だが、一時期あった『若い隊長』に対する不満も既に無くなって久しい。どこかアイドル扱いもしているためだろうか。もしくは、若い女の子に囲まれそのパワーをも御す能力に感服したのかもしれない。以前そんな事件もあった。
「付いてきたらどうする?」
なんとか平静を装うと再度試みる。
作品名:Cuttysark 『精霊』前/直後。 作家名:吉 朋