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桐生甘太郎
桐生甘太郎
novelistID. 68250
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馨の結婚(第二部)(19~27)(完)

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第十九話 この手を離さず







ここからの話は、少し駆け足で僕たちの大学生活の終わりまでと、それからの間の少しの生活を追っていこうと思う。

その前に、僕の誕生日の話をしよう。


僕の誕生日は四月の十日だ。母さんは誕生日の前日に僕の部屋に来て、「ごめんなさい、明日は父さんの講演についていくから、今のうちに渡しておくわね」と言って、綺麗な万年筆の入った小さな箱をくれた。

「ありがとう、母さん」

「本当に、元気でここまで育ってくれて、よかったわ」

母さんは赤ちゃんだった頃の僕を見る優しさと、大人に育った僕を見る感動を目に浮かべて少し目元を拭っていた。

「もう遅いわね。おやすみなさい」

「おやすみなさい」




その翌朝、僕が朝食を食べ終えて食事室から出る時に、自室へと急いでいるらしい父さんと鉢合わせした。父さんは、「おお、おはよう馨。二十歳の誕生日おめでとう。忙しくてすまないな、ちょっと待ってろ」と言ってバタバタと走って自室に行き、書類の封筒と小さな長方形の木箱を持って戻ってくると、僕に木箱の方を渡してくれた。

父さんからもらった木箱には、英語で宛名や企業名、輸送中の品質管理の注意書きなどが書いてあり、中に「HAVANA」ともあったので、持った感じも、父さんが愛煙する葉巻だとわかった。僕の好みではないし、興味もそこまではないけど、前もって何も聞かずに自分の好みでプレゼントを用意してしまうのが父さんらしくて、少しおかしくて笑いが込み上げた。

「ありがとうございます、父さん」




それから僕は学校へ行き、帰りに美鈴さんの家に上がり込んだ。




「今日はごはんどうする?いつもカレーじゃ飽きない?」

美鈴さんは小さなキッチンに据え付けられた一人暮らし用の背の低い冷蔵庫をしゃがんで覗き込んでいた。

「そうだね、今日は違うものでもいいかなあ」

僕はそう言いながら、鞄を置きに奥の居間に入っていった。

「よし!じゃあ私の得意なものでもいい?」

「うん、お願いするよ。楽しみだな」



しばらくして、キッチンからは温かそうな醤油の香ばしさと、まろやかな砂糖の甘さの混じった香りが漂ってきた。僕はそれでどうにもおなかがすいてしまって、思わず立ち上がってキッチンにふらふらと歩いていった。

「何作ってるの?」

「んー?秘密~」

美鈴さんが向かい合っている鍋には、落し蓋の代わりなのかキッチンペーパーがかぶせてあり、中身は見えなかった。でも、どうやらお肉が入っているらしく脂の香りや、さっき嗅いだような砂糖と醤油の香りが胃袋に吸い込まれていくと、今すぐにでも食べたいと唾液が湧き出してきた。

それでも仕方なくまた居間のローテーブルの前で待っていると、お湯を沸かしているような音がして、最後にコンロの火が消えてキッチンはぴたりと静かになった。それから、「馨さーん、ちょっと手伝ってー」と、美鈴さんののんびりした声が聴こえてきた。





「うわあ…!豚の角煮だあ!すごい!」

「でしょ?」

鍋の中には、てらてらと脂で光り、醤油の色がしっかりと染みて、大きくぶつ切りにされた豚肉がゴロゴロと入っていた。鍋の隅にはきちんと煮玉子も二つ入っていて、これまた白身に薄茶色になるまで味を染みさせてある。見ていて、匂いを嗅いでいてどこか懐かしくなってくる、そしてなんとも食欲をそそる光景だった。

僕は丼ぶりに盛られたごはんの上に豚の角煮をたっぷりと乗せてもらい、それを二つ、トレイに乗せて運んだ。

「いただきまーす!」

「いただきます」

美鈴さんの作った豚の角煮は、本当に美味しかった。お肉はとても柔らかく味わい深く、煮玉子は半熟のままだった。とろりと溶け出す黄身の濃厚さと、甘辛い豚肉の柔らかさを一緒に味わったりして、たった十分ほどで僕は食べ終わってしまった。

「ごちそうさまでした」

僕がそう言って手を合わせる前に、美鈴さんは急に人差し指を立てて僕の顔の前で横に振り、「ちっちっちっ」と茶目っ気のある声を出した。

「まだあるんだなぁ、これが」

そう言って何かを企んでいるような微笑みを浮かべた美鈴さんは、うきうきとしたままキッチンへ引き返していく。僕は食器をトレイに乗せて、それを追いかけた。

「まだあるって、何が?」

冷蔵庫を開ける美鈴さんの後ろで、僕は無造作に食器をシンクに置き、水道の蛇口をひねって丼ぶりの中に水を溜める。前に美鈴さんがそうしていたから。

美鈴さんは、「大丈夫。あっちで待ってて」と言って、「はやくはやく!」と僕を席に戻るように追い立てた。僕は、「もしかして、誕生日ケーキを買っておいてくれたのかな?」と察しがついたので、黙って席に戻った。


キッチンの方へ耳をすましていると、ストン、ストン、ストンと、包丁が何か硬いものを切ってまな板にぶつかる音が聴こえ、それから、カチャカチャと薄い陶磁器の擦れる音がちょっとだけ聴こえていた。そして、すぐに美鈴さんが僕の前にケーキの乗ったお皿を置いてくれた。

「あれ…?これ…」

それは、ガトーショコラの一切れだったけど、お店で買うもののような均一な生地のへこみではなく、表面が少しまばらにぽこぽことしていた。美鈴さんを見上げると、にこっと笑い、「時間かかったんだよ?」と彼女は何気なく言った。

「ええっ!美鈴さん、ケーキも作れるの!?」

僕がびっくりして叫ぶと、美鈴さんは嬉しそうな顔で、自分の分もテーブルに置いて、フォークを渡してくれた。

「時間がかかったって言ってもね、冷やすのに冷蔵庫に何日か入れてただけ。これね、炊飯器で作れるの。簡単なもので悪いけど…」

「そうなんだ~。いやあ、すごいよ。じゃあ、食べてもいい?」

「どうぞめしあがれ。美味しいと思う」

僕はちょっと緊張しながら、ガトーショコラをフォークでひと口分切ると、口に入れて噛んでみる。それはどっしりとした噛み応えで、でも、すぐにチョコレートが溶けた濃厚な口当たりと甘みが口の中いっぱいに広がり、後味にしっかりしたカカオが香った。僕はその美味しさに酔いしれて自分の顔がほころぶのを感じた。

「うーん!美味しい!」

「ふふ、よかった」

「美味しい~!」

「はいはい」

美鈴さんは、美味しい美味しいとまたあっという間に食べ切る僕を見ながら、自分も嬉しそうにガトーショコラを頬張った