キャロルの喪失
返事がなくても扉を開けるつもりで、ドアノブを握る。
今日は開けることを躊躇うような冷たさはなかった。
ぐ、と力を込める前に、かちゃんとノブが下がる。
「……ルゥ」
「……リィ」
少しひっくり返った声で、久しぶりに名前が呼ばれた。
いつもの綺麗な、あの声が戻ってこないのだと、その声を聞いた時に理解してしまった。
「ルゥ、声が」
「うん、ごめんね、ビックリしたよね」
そして、ルゥはきっとそのことをずっと前から知っていたのだと。
「私が、悲しむから……内緒にしてたの?」
「んん」
ルゥが咳払いをしてから口を開く。
「リィは僕の声、好きだって言うから。ああ、やっぱりうまく喋れないな」
どうしても変な声になっちゃうや、とルゥは笑いながら言う。
声はざらざらしていて、偶にいつものルゥの声だけれど、低くなったり裏返ったりしてしまう。
天使の声を持ったルゥが特別だった。
神様に捧げることを許された世界で一番美しいものを持っているルゥが、一番大事だった。
「リィ、ごめんね。僕もう歌えないみたいなんだ」
今日天使が死んだ。死ぬことは最初から決まっていて、でも私だけがそれを知らなかったのだ。
まだ耳を澄ませばあの声が聞こえてくる気がするのに。もう永遠に会えない。
「……リィは歌えない僕のこと、もう好きじゃ、ない?」
「そんなことない、そんなこと……私のせいで、言いづらかったのね。ルゥを苦しくさせたのね」
「ううん。うーん、確かにどうしようかなあって思ったけど。ごめんね、リィ。好きじゃない?なんて酷いこと聞いて。僕、知ってたのにやっぱり怖くて聞いちゃった」
「だって私が。私がそうしてたから」
「この前さ、リィ、僕のこと声がなくても綺麗って言ったでしょ」
「うん……」
「僕、リィは僕の声だけが好きなんだーって思ってたから、そう言われた時嬉しかったんだ」
あの時は声が出せなかったから、言えなかったんだけど。
するりとルゥの腕がこちらに伸ばされて、ぎゅっと私を包んだ。
同じ背丈の私達だから、おでこがくっつきそうになって、ルゥが嗄れ声でふふ、と笑う。
「ありがとう、リィ。僕もこれからどうなってもリィのことが好きだよ」
だって僕たち、きょうだいだもんね。おんなじ生き物だもんね。
私は彼にちゃんと言わなきゃいけない。私もひとつ大人になってしまって、きっとこれから背丈は変わるし、何か他にも色んな違いが出てきてしまう。周りは私たちを違うものに扱うのだ、と。
でも弟のガラガラした声がどうしても優しく私を包むから、私はもう少しルゥと同じものを信じよう、と思った。
「そうね、そう……リィとルゥは同じだもんね」
「そうだよ。何にも心配いらないよ」
僕の声がちゃんと低くなったら、その時は一緒に歌おうよ。今度はリィがソプラノでね。とルゥは囁く。