小さなみどりの宇宙人 マゲーロ1
小さなみどりの宇宙人
1章
ぼくはタカアキ。両親と幼稚園児の弟とで東京のK市に住んでいる。
ぼくはごくごくありふれた小学生だけれど、弟のアキヒコは他の人には見つけられないような変わったものを見つけ出すのが得意だ。
夕べもぼくが寝る前に机で「空飛ぶ円盤のなぞ」という本を読んでいたら、アキヒコはたまたま目が覚めたらしく、布団から起き上がり、
「おにいちゃん、あれみてー!」
窓を指差して大声をあげた。
ぼくが振り返った時は、何を見て欲しかったのかわからなかったが、カーテンのめくれた窓のスミっこにちらっと黄緑色の光がよぎったような気がしないでもない。
「なんなんだよー、大きい声だすとお母さんが見に来るよ」
「小さいのがいたんだもん」
「なんだそれ」
「緑の、ちいさいいきもの」
「ねぼけてんじゃねー?もう寝ろって」
実際眠かったらしく、弟はすぐ寝息をたてていた。
ぼくも本を読む気がうせ、デスクライトを消すと、暗がりを手探りで弟の隣の布団にもぐりこんだ。お母さんに見つかると子供がこんな時間まで起きてちゃだめでしょ、とうるさいからね。ぼくだってもう4年生なんだし、11時くらいならいいと思うんだけど。
で、翌日、やっぱり少し寝坊して、お母さんに起こされたとき、机の上に出しっぱなしだった本を見つけられ、「タカアキ、まーた、遅くまで読んでたでしょ!」と叱られた。
秋の夜長に読書しただけなのにな。
あわてて着替えていたら、弟も起きて窓を開け、外をさかんにのぞいている。
窓からは秋のはじめの乾いた匂いの風が吹きこみ、小さな庭の植木がかすかに揺れているのが見えた。
「寒いよー、なんかいるの?」
たずねると、
「夕べの、ちいさいみどりのが、ここ通ったの」
寝ぼけてたのかと思ったら、案外覚えてたんだ。一体なんのことやら。
「おにいちゃん、みて、これ」
弟は何かとても小さな小指の爪くらいのものを手に握り締めていた。
「なにそれ?」
手にとって見ると、よくわからないけど赤く熟したキイチゴのように見える。
「なんとかベリーみたいな実かな。」
弟に返しながらこんな季節に?と思ったら、弟はいきなり口に突っ込んで飲みこんでしまったではないか。
「おい、そんなもん食うなよ、汚いし、毒があるかもしれないじゃないか」
「だいじょぶだよ、あまかったよー」
弟はのんきにそんなことをいう。
「うえ、後で腹痛くなっても知らないぞ」
まあ、大丈夫なんだろう。赤ん坊の頃から何でも口に入れていたが、今まで平気だったから。
その時、ドアの向こうからお母さんの声が届いた。
「朝ごはん早く食べないと、遅れるわよー」
ぼくは弟をせかして着替えさせ、幼稚園のスモックをかぶせると、慌てていい匂いのするダイニングにむかった。
食卓でお父さんがトーストをかじっていた。
「ねえ、お父さん、今の季節に赤い実のなる木ってこの辺にある?」
「うーん」
お父さんはコーヒーを一口すすってトーストを飲み込むと
「そうだねえ。りんごはまだだし、柿もまだ青いよなあ。」
「もっとすっごく小さい実だよ」
アキヒコも参加してきた。
「それと、緑のカエルさんは?」
「え、カエルかあ。涼しくなると見なくなるな、そういえば最近は田んぼもないからとんと見かけないなあ。懐かしいなあ、父さん子供の頃はな…」
だめだ、話がずれてしまった。
結局ぼくたちはお父さんの昔話を聞かされただけだった。
朝ごはんを終えるとお父さんがまず出かけ、お母さんは弟を自転車に乗せて幼稚園へむかい、ぼくは学校への道を急いだ。
2章
ぼくたちの住むところは、いわゆる都心からは離れた新しくできた住宅地だ。今まで雑木林だったところが切り開かれつつあり、空き地のまま、泥の山がいくつもできただけで草ぼうぼうの場所がまだ残っていた。
草ぼうぼうということは、虫もいっぱいいて、蝶もトンボもみつけられる。
そんな空き地のひとつに、ぼくたちのお気に入りの場所があった。
ぼくの腰まで入るくらいの深さの穴を掘って土を積み上げた山がいくつもできている。そこへ近所の子供たちが山と山に板を渡して橋みたいにして遊んでいる。バランスをとってその上を渡るのがアスレチックみたいでおもしろいのだ。
学校帰りには必ず通る場所なので、いつもそこを通りぬけるのが習慣になっていた。
友達と寄ることが多いが、たまたまその日は授業が早く終わる日だったので、家に帰ってから弟と遊びに来ていた。
アキヒコはこの橋渡りではしばしば落っこちそうになるので、ぼくの手をつかんではなさない。
でもその時に限りアキヒコはよそ見して「あ、あれ」と叫ぶとぼくの手をはなし、見事ころがり落ちてしまった。
「うわあっ、おにいちゃーん」
穴のそこでひっくりかえった亀みたいに手足をばたつかせてわめいている。
やれやれ、服が泥だらけになってお母さんに叱られるなあ、と思いながらぼくが穴におりると、アキヒコは転がったまま顔を横に向け、とある一点を見つめて動きが止まっている。
「おい、アキヒコ、大丈夫か?」
たいした深さはないものの、怪我でもしてたら大変だ。
ぼくはあわてて弟の横にしゃがんだ。
「おにいちゃん、見てみて」
弟はいくぶん声をひそめて言った。怪我ではないようだ。
「今度は何見つけたんだよ」
ときくと、
「朝みたみどりのものが通ったの。おにいちゃんみて、ここ、入り口ドア」
アキヒコは顔のそばの土かべの一部を指差した。
「はいはい、なんだって?モグラの巣じゃないのか」
土の山の崩れそうな一角の、雑草のかげになったところに確かにドアのように一辺10センチくらいの平たい石があった。弟のように地べたに頭をつけないと見えない位置にある。大人には見つけられないだろう。
ぼくはその石に手を伸ばし、おそるおそる引っ張ってみた。深く食い込んでいるのか、簡単には取れない。
「ばかだな、ドアじゃないよ、石が埋もれてるんだよ。」
と言うと、
「えー、そうなのかなあ」弟は自分でも試してみようと、石の表面に手を触
れた。
ころり、とそれは意外にも横に回転した。
なんで?ぼくがつかんだときはびくともしなかったのに…
その向こうは本当に真っ暗な穴になっている。
本当に穴をふさいでいたみたいだ。
顔をよせてのぞきこむと奥のほうがかすかにぼうっと光っているように見える。
モグラの穴には見えない。
「掘ってみようぜ」
ぼくは穴に手をつっこもうとした。
ところが、穴にみえたものの実は土がつまっているのか、なにかに手をぶつけた感触しかない。
何度か試しているとぼくが反対の手をついていた穴周辺の土が大きく崩れて弟の上につんのめっていた。
「ひえーっ」
弟も一緒につんのめり、彼は例の穴に右手をついていた。
ぼくはあわてて弟の腰をつかんで引っ張りあげたが、彼の手は泥の塊を握りしめていた。穴に手を突っ込んでとっさにつかんだのだろう。
その時、何か小さな悲鳴がアキヒコの手から聞こえた気がした。
1章
ぼくはタカアキ。両親と幼稚園児の弟とで東京のK市に住んでいる。
ぼくはごくごくありふれた小学生だけれど、弟のアキヒコは他の人には見つけられないような変わったものを見つけ出すのが得意だ。
夕べもぼくが寝る前に机で「空飛ぶ円盤のなぞ」という本を読んでいたら、アキヒコはたまたま目が覚めたらしく、布団から起き上がり、
「おにいちゃん、あれみてー!」
窓を指差して大声をあげた。
ぼくが振り返った時は、何を見て欲しかったのかわからなかったが、カーテンのめくれた窓のスミっこにちらっと黄緑色の光がよぎったような気がしないでもない。
「なんなんだよー、大きい声だすとお母さんが見に来るよ」
「小さいのがいたんだもん」
「なんだそれ」
「緑の、ちいさいいきもの」
「ねぼけてんじゃねー?もう寝ろって」
実際眠かったらしく、弟はすぐ寝息をたてていた。
ぼくも本を読む気がうせ、デスクライトを消すと、暗がりを手探りで弟の隣の布団にもぐりこんだ。お母さんに見つかると子供がこんな時間まで起きてちゃだめでしょ、とうるさいからね。ぼくだってもう4年生なんだし、11時くらいならいいと思うんだけど。
で、翌日、やっぱり少し寝坊して、お母さんに起こされたとき、机の上に出しっぱなしだった本を見つけられ、「タカアキ、まーた、遅くまで読んでたでしょ!」と叱られた。
秋の夜長に読書しただけなのにな。
あわてて着替えていたら、弟も起きて窓を開け、外をさかんにのぞいている。
窓からは秋のはじめの乾いた匂いの風が吹きこみ、小さな庭の植木がかすかに揺れているのが見えた。
「寒いよー、なんかいるの?」
たずねると、
「夕べの、ちいさいみどりのが、ここ通ったの」
寝ぼけてたのかと思ったら、案外覚えてたんだ。一体なんのことやら。
「おにいちゃん、みて、これ」
弟は何かとても小さな小指の爪くらいのものを手に握り締めていた。
「なにそれ?」
手にとって見ると、よくわからないけど赤く熟したキイチゴのように見える。
「なんとかベリーみたいな実かな。」
弟に返しながらこんな季節に?と思ったら、弟はいきなり口に突っ込んで飲みこんでしまったではないか。
「おい、そんなもん食うなよ、汚いし、毒があるかもしれないじゃないか」
「だいじょぶだよ、あまかったよー」
弟はのんきにそんなことをいう。
「うえ、後で腹痛くなっても知らないぞ」
まあ、大丈夫なんだろう。赤ん坊の頃から何でも口に入れていたが、今まで平気だったから。
その時、ドアの向こうからお母さんの声が届いた。
「朝ごはん早く食べないと、遅れるわよー」
ぼくは弟をせかして着替えさせ、幼稚園のスモックをかぶせると、慌てていい匂いのするダイニングにむかった。
食卓でお父さんがトーストをかじっていた。
「ねえ、お父さん、今の季節に赤い実のなる木ってこの辺にある?」
「うーん」
お父さんはコーヒーを一口すすってトーストを飲み込むと
「そうだねえ。りんごはまだだし、柿もまだ青いよなあ。」
「もっとすっごく小さい実だよ」
アキヒコも参加してきた。
「それと、緑のカエルさんは?」
「え、カエルかあ。涼しくなると見なくなるな、そういえば最近は田んぼもないからとんと見かけないなあ。懐かしいなあ、父さん子供の頃はな…」
だめだ、話がずれてしまった。
結局ぼくたちはお父さんの昔話を聞かされただけだった。
朝ごはんを終えるとお父さんがまず出かけ、お母さんは弟を自転車に乗せて幼稚園へむかい、ぼくは学校への道を急いだ。
2章
ぼくたちの住むところは、いわゆる都心からは離れた新しくできた住宅地だ。今まで雑木林だったところが切り開かれつつあり、空き地のまま、泥の山がいくつもできただけで草ぼうぼうの場所がまだ残っていた。
草ぼうぼうということは、虫もいっぱいいて、蝶もトンボもみつけられる。
そんな空き地のひとつに、ぼくたちのお気に入りの場所があった。
ぼくの腰まで入るくらいの深さの穴を掘って土を積み上げた山がいくつもできている。そこへ近所の子供たちが山と山に板を渡して橋みたいにして遊んでいる。バランスをとってその上を渡るのがアスレチックみたいでおもしろいのだ。
学校帰りには必ず通る場所なので、いつもそこを通りぬけるのが習慣になっていた。
友達と寄ることが多いが、たまたまその日は授業が早く終わる日だったので、家に帰ってから弟と遊びに来ていた。
アキヒコはこの橋渡りではしばしば落っこちそうになるので、ぼくの手をつかんではなさない。
でもその時に限りアキヒコはよそ見して「あ、あれ」と叫ぶとぼくの手をはなし、見事ころがり落ちてしまった。
「うわあっ、おにいちゃーん」
穴のそこでひっくりかえった亀みたいに手足をばたつかせてわめいている。
やれやれ、服が泥だらけになってお母さんに叱られるなあ、と思いながらぼくが穴におりると、アキヒコは転がったまま顔を横に向け、とある一点を見つめて動きが止まっている。
「おい、アキヒコ、大丈夫か?」
たいした深さはないものの、怪我でもしてたら大変だ。
ぼくはあわてて弟の横にしゃがんだ。
「おにいちゃん、見てみて」
弟はいくぶん声をひそめて言った。怪我ではないようだ。
「今度は何見つけたんだよ」
ときくと、
「朝みたみどりのものが通ったの。おにいちゃんみて、ここ、入り口ドア」
アキヒコは顔のそばの土かべの一部を指差した。
「はいはい、なんだって?モグラの巣じゃないのか」
土の山の崩れそうな一角の、雑草のかげになったところに確かにドアのように一辺10センチくらいの平たい石があった。弟のように地べたに頭をつけないと見えない位置にある。大人には見つけられないだろう。
ぼくはその石に手を伸ばし、おそるおそる引っ張ってみた。深く食い込んでいるのか、簡単には取れない。
「ばかだな、ドアじゃないよ、石が埋もれてるんだよ。」
と言うと、
「えー、そうなのかなあ」弟は自分でも試してみようと、石の表面に手を触
れた。
ころり、とそれは意外にも横に回転した。
なんで?ぼくがつかんだときはびくともしなかったのに…
その向こうは本当に真っ暗な穴になっている。
本当に穴をふさいでいたみたいだ。
顔をよせてのぞきこむと奥のほうがかすかにぼうっと光っているように見える。
モグラの穴には見えない。
「掘ってみようぜ」
ぼくは穴に手をつっこもうとした。
ところが、穴にみえたものの実は土がつまっているのか、なにかに手をぶつけた感触しかない。
何度か試しているとぼくが反対の手をついていた穴周辺の土が大きく崩れて弟の上につんのめっていた。
「ひえーっ」
弟も一緒につんのめり、彼は例の穴に右手をついていた。
ぼくはあわてて弟の腰をつかんで引っ張りあげたが、彼の手は泥の塊を握りしめていた。穴に手を突っ込んでとっさにつかんだのだろう。
その時、何か小さな悲鳴がアキヒコの手から聞こえた気がした。
作品名:小さなみどりの宇宙人 マゲーロ1 作家名:鈴木りん